第39話 「銀籠さんが変わりに痛みを感じる必要はない!」

 夕凪と優輝は、目の前にある黒い球体を見て唖然。

 何がどうなっているのか理解ができない。


「…………なにが、どうなって…………?」

「わからない。突然、黒い霧みたいなものが二人を包み込んだと思ったら、目の前にある球体が作り出されたとしか……」


 眉を顰める、先程の光景を思い出すが、やはり分からない。


 今、球体の中では戦闘が繰り広げられているのだろうか。

 もし、戦闘が行われているのなら、銀籠は大丈夫なのか。

 怪我はしていないか、無理はしていないか。


 優輝は、何も出来ない自分に苛立ち歯を食いしばる。

 手を強く握り、足で地面を強く叩いた。


 明らかに苛立っている優輝を横目で見て、夕凪は肩幅に足を広げた。


「今は、何が起きても直ぐ行動に起こせるように準備をしておきましょう。それしか、私達にできることはないわ」

「――――そうだね。球体の中で何が起きているのかわからないけど、準備しておくに越したことはない」


 警戒態勢を作り、険しい顔で球体を見上げる。

 二人が見続けていると、なんの前触れもなく球体に小さなヒビが刻まれ始めた。


「な、何!?」


 夕凪が大きな声を上げ愕然とする。

 その場から動くことが出来ずにいると、ヒビは徐々に広がってしまう。


 全体にヒビが回ると、二人の目を晦ませる程の強い光が辺りを照らし出す。

 瞼を閉じ、手で目を隠し光が落ち着くのを待った。


 辺りを照らす光は、二人が目を閉じてから数秒で落ち着き、暗くなる。

 薄く目を開くと、優輝は目の前の光景に体が震えた。


「あっ……」


 黒い球体から姿を現したのは二人。

 人の姿をしている銀と、長い髪を揺らし、狼のような耳をぴくぴくと動かし立っている銀籠。


 二人はその場で立ち止まり、動こうとしない。


 優輝は銀籠が無事だったと安堵するも、その場から一切動かないため、どこか怪我をしてしまったんじゃないかと徐々に不安が募る。


「……銀籠さん!」


 我慢が出来なくなり、二人へ駆け寄り名前を呼んだ。


「銀籠さん! あ、あの、大丈夫? 怪我、してない?」


 近づけば近づくほど、銀籠が纏っている空気が異様なのを肌で感じ震えるが、怖い訳では無い。

 逆に空気は澄んでおり、危険は無いと分かる。


 それでも、なぜか近づいた優輝の体には鳥肌がたち、小刻みに震えてしまう。


 心配だが、今以上に近づけない。


 優輝は戸惑いつつも、息を飲み覚悟を決めたように眉をつり上げる。

 少し離れた距離で止まっていた足を動かし、手を伸ばした。


 銀籠の肩に、優輝の手が触れる。


「っ、!」


 やっと、銀籠は動き出し、自身の肩に手を置く優輝を見た。


 銀色の瞳は鋭く光り、体に突き刺さる。

 一瞬にして彼の瞳に捕らわれてしまい、視線を外すことが出来なくなってしまった


 この、体に走る痺れは、なんだろうか。

 この、視線を外すことが出来ない、体に走る悪寒はなんだろうか。


 考えるが、優輝には理解出来ず困惑するのみ。


 肩に手を置いてから声すらかけることが出来ない優輝の手に、ソッと。銀籠も自身の手を重ね、優しく包み込む。


「ぎんっ――――わっ!」


 どうしたのかと、優輝が名前を呼ぼうとしたとき、銀籠は掴んだ手を肩から離させ、グイッと自身へ引き寄せた。



 ――――ギュッ



「――――え」


 突如、優輝は暖かい温もりに包まれた。


「良かった、優輝が無事で、本当に、良かった…………」


 優輝の肩に顔を埋め、震える声で何度も何度も「良かった」と銀籠は繰り返す。


 何が起きたのかすぐに理解できない優輝だったが、銀籠の涙声と温もりでハッと我に返る。

 名前を呼び抱きしめ返そうと考えた時、カタカタと。銀籠の体が微かに震えていることに気づいた。


 この震えは、人間が怖いからというものでは無い。

 優輝が無事でよかったと、心の底から安心し、涙を堪えている時の震えだ。


 銀籠の震える体を落ち着かせたいのと、自身が彼に触れたいという気持ちとで、自然と両手が動き銀籠の背中に回される。


 ぎゅっと優輝も抱きしめ返し、目を細めた。


「銀籠さんも、無事でよかった。まったく、本当に、無理しないでよ。俺も、怖かったんだから」


 言葉を発すると、我慢していた涙が決壊し、優輝の頬を濡らす。

 嗚咽を零し、銀籠の肩に顔を埋めた。


「すまん、優輝が傷ついている姿を見ると、どうしても許せなかったのだ」


 ゆっくりと体を離し、優輝の涙を拭いてあげる。

 それと同時に、額に右手を伸ばした。


 淡い光が照らされ、優輝の傷が塞がる。すぐに、銀籠の額に、優輝と同じ傷が現れ血が流れ出てしまった。


「え、なっ! 銀籠さん!? な、なんで!?」

「我は半妖。父上のように怪我を完全に癒す事が出来ないのだ。だから、優輝の傷を我に移した。人間より、あやかしである我の方が体は頑丈、問題はない」

「それって……。っ、じゃぁ、前に俺の右肘を治した時も? 本当は自分に痛みを、移していたって事?」

「うむ、そうだ。嘘をついてすまなかった」

「なっ、ば、ばっかじゃないの!?」

「っ!? え、す、済まない。嘘をついてしまっていたことは謝る! そんなに怒らんでくれ……」

「いや、そこじゃないから!」

「え、そこでは無い……?」


 今まで聞いたことがないような声量で怒られ、銀籠は狼狽える。


 なぜ、ここまで怒っているのか、なぜ怒らているのか。

 嘘を吐いたことでは無いと否定されたため、銀籠はなぜ優輝がこんなに怒っているのか分からない。


 そんな、何もわからない銀籠の額を見て、怪我の度合いを確認しながら優輝は口を開いた。


「あやかしだろうと人だろうと関係ない。確かに、人はあやかしと比べると弱いし、すぐに死ぬ。でも、痛みは同じのはず。傷を痛いと感じるのも、痛いのが辛いと思うのも、それはあやかしだろうと同じ。俺は、銀籠さんが辛いと思うのは嫌だ、痛いと思うのは嫌だ、苦しむのは嫌だよ!! だから、早く傷を返して! それは俺が油断してできた傷なんだ、俺が不甲斐ないから出来たものなんだよ。銀籠さんが変わりに痛みを感じる必要はない!」


 必死に訴える優輝に何も言えず、銀籠は目を見張る。


 まさか、人にそのようなことを言われるなんて思っておらず。人に、そんなことを思われるとは思っておらず。


 今まで、人を恐怖の対象と見ていたのに、今は人の温もりで自身が救われているのを感じ、様々な感情が芽生えなんと言えばいいのかわからない。


 優輝は銀籠の額から流れる赤い血を拭き、銀籠の瞳を見上げた。


 その時、助け舟というように、銀がやっと二人の間に入りやれやれと肩を落とした。


「まったく、おいおい。ぬしらはワシをお忘れか?」


 にんまりと口角を上げ、呆れたように銀が言うと、二人は同時に彼を見た。


 二人からの視線を受けると、銀は銀籠の額に手を当て、淡い光を放つ。


 血が流れ止まらなかった深い傷は、ものの数秒できれいさっぱり無くなった。

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