第38話 「父上、出番だぞ」

「ナ、ンダト」

「我は、主を倒した銀の血が流れておる。舐めるでないぞ」


 銀籠は冷や汗を流しつつも、簡単に狗神の腕を掴み、止めている。

 驚いている狗神など無視し、銀籠は掴んだ腕を引き、バランスを崩す。

 すぐさま拳を握り、腹部を強く殴り飛ばした。


「ガハッ!!」


 殴られた衝撃により、男性の口から黒い靄が空中に浮かび上がる。

 それは一つに集まり、大きな犬の姿を作り出した。


『オノレェェェ、ワレヲ、ワレヲココマデブジョクスルカァァァアア!!』


 空を覆い隠すほどの大きな犬。

 夕凪は小さな悲鳴を上げ、優輝は険しい顔を浮かべた。


 大丈夫なの? 銀籠さん。


 不安な気持ちが募る中銀籠を見るが、その不安は彼の表情を見てすぐに無くなった。


「あははっ、参ったなぁ。これが、あやかしのトップの血を引く者……、ますます好きになってしまうね」

「えっ、優輝? 何が…………」


 優輝はそんな言葉を漏らしつつも、口角が上がり、勝ち誇ったように呟いた。


 なぜ、彼が笑っているのか。なぜ今、そんなことを言っているのか。

 夕凪は理解出来ず、優輝から銀籠へ視線を移す。


 ジィっと見ていると、すぐに優輝が笑っている理由がわかった。


「…………なんで、銀籠さん。笑っているの?」


 大きな力をまき散らし、自身より大きな姿をしている狗神を目の前にしているのに、銀籠の口元には笑みが浮かび、余裕そうに構えていた。

 狗神はその様子が煩わしく、怒鳴り散らす。


『オノレ、オノレェェェェエエ!!!!』

「喚き散らす事しか出来ないのか、それが狗神か? 世間を騒がせたあやかしなのか? 大したことないな」


 指をコキココキと鳴らし、銀籠は狙いを空中にいる狗神に向ける。

 その瞳、放たれた言葉により、狗神はもう限界というように、銀籠を丸のみできるくらい大きく口を開いた。


『マルノミニシテヤルワァァァァァア!!!』

「そうか、なら丸のみにしてもらおうか。――――出来るものならな。父上、出番だぞ」


 口角を上げ、強気な表情を浮かべながら”父上”を呼ぶ。

 同時に、彼の背後から狗神と銀籠を包み込むように闇が現れ始めた。


『ナ、ナンダ、コレワ!!!』

「なんじゃと思う? 教えてやろうぞ、狗神よ」


 狗神は突如闇に包まれたことで驚き、背後に現れた銀に気づかない。

 声をかけられすぐ振り返るが、誰もいない。


 目に映るのは、闇だけ。

 突如暗闇の中に放り込まれ、何が何だか分からず錯乱していると、銀が人の姿で現れた。


「ぬしは、我の息子の怒りに火を点けた。あやかしや人間問わず、好いている者を傷つけられれば怒りが芽生え、我慢が出来んくなる、普通のことじゃろう」


 銀は話しながら狗神の首と頭を背後から掴み、身動きを封じ込む。


「怒りを受ける覚悟は、出来たか?」


 狗神の耳元に口を寄せ、口角を上げ言った。

 その言葉に恐怖で体が震え、動くことが出来なくなる狗神。

 そんな時、闇の中に銀籠が浮かぶように姿を現れた。


『ガッ、ナッ…………』


 銀籠の姿を見ると、声にならない言葉を吐き、逃げ出そうと動く。

 だが、銀が抑え込んでいる為、何も出来ない。


 まったく動きを見せず、口にしない銀籠に狗神は体を震わせていた。

 あの、世間を騒がせたあやかしが、何もしない、口にしない銀籠に対しビビりまくっている。


 それもそのはず。

 銀籠が纏っている空気は、今まで感じた事がないほど禍々しく、少しでも近づけば命が抉られる。

 そう思ってしまう程に、邪悪な空気が渦巻いていた。


 ここでやっと、狗神は自身の置かれている状況を理解した。


 自分はなんて、愚かだったのだろうかと。自分は、敵に回してはいけない二体を敵に回してしまったと。

 理解してももう遅い、ゆっくりと腕を動かし始めた銀籠を見ているしか出来ない。


「さぁ、もう生まれたくはない。この世に出てきたくはないと思えるほどの痛みを味わってもらおうかのぉ」


 銀の最後の言葉を耳にし、狗神は動くことが出来ないまま、銀籠から振り下ろされる爪を見続けるしか出来なかった。

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