第37話 「そう考えればまだマシだ…………」
「――――夕凪、姉さん?」
「大丈夫!? 優輝!!」
夕凪は優輝を横抱きにし、狗神から一定の距離をとった。
切羽詰まったような顔で、意識が朦朧としている優輝を見下ろす。
大丈夫とも言えないまま、優輝は先程まで自身がいた場所を見た。
そこには、狗神が行き場のない手をさ迷わせ、恨めしそうに夕凪を見ている姿がある。
「優輝、酷い怪我……。式神は?」
「いつも、持ってきてないから。この森に来るとき…………」
「なんで!?」
「…………ちょっと」
優輝が気まずそうに顔を逸らす。
その反応だけで、夕凪は理由を全て理解した。
「…………なんで、そこまでするの。息子さんに会う為だけで命を粗末にしないで」
「粗末にはしない。今回はちょっと、俺の動き出しが遅かっただけ。それより、もう大丈夫だから下ろしてくれると嬉しいかな。普通に恥ずかしい」
改めて見てみると、夕凪は慌てていたとはいて、自分より大きな男性を横抱きにしている状態になっていることに気づく。しかも、相手は自身が好いている人。
顔を真っ赤にし、慌てつつも優しく下ろした。
「夕凪姉さん、まさか、神通力を使ったの?」
「今が使い時でしょ? それより、狗神が動き出したわ。私の神通力は戦闘には向かないの。貴方が式神を持っていないのなら、逃げるしかないわ」
「そうだね、逃げるタイミングがあれば……だけど…………」
優輝はもうぼろぼろ、早く治療しなければ危ないレベル。
横目でそんな彼の姿を見て、夕凪は行き場のない怒りが込み上げる。
目を伏せ、ぼそりと言葉を呟いた。
「貴方が、あの半妖と出会わなければ…………」
今の言葉は、隣にいた優輝に届いてしまい驚愕。
まさか、夕凪がそんなことを言うなど思っていなかった優輝は、思わず彼女を横目で見る。
「夕凪姉さん、どうしたの? そんなことを言うなんて」
「…………だって、貴方があの半妖と出会わなければ、このようにはなっていなかった。いつものように式神を使い分け、簡単に倒せいていた。だけれど、半妖のために貴方は最低限の荷物だけで森に来てしまった。このように思ってしまうのは仕方がないと思うのだけれど?」
「今回は追い出されたからというのもあるけどね…………」
悲しげだが怒りも含まれている瞳を向けられ、優輝は困惑しながらも、いつものように言葉を返す。
だが、彼女から放たれる今まで感じた事がない空気に、これ以上何も言えず口を閉ざしてしまった。
そんな事をしていると、狗神が二人の間に割って入ってきた。
何の前触れもなく、地面を強く蹴り夕凪を狙う。
「夕凪姉さん!」
「っ!?」
戦闘途中で自分の気持ちを制御できず、よそを見てしまっていた夕凪は、体が反応しない。
目の前がスローモーションのようにゆっくりと動く。
神通力を発動したくとも、その思考すら頭に現れない。
目の前に繰り出されている狗神の鋭い爪が体を切り裂く瞬間を、ただただ身構えるだけ。
何も考えられず、抗う事が出来ず体が引き裂かれる――……
――――――――ガシッ!!
「きゃっ!!!」
肩を掴まれる感覚と後ろに引っ張られる衝撃で、夕凪の視界は正常に戻った。
突如後ろに引っ張られたため、咄嗟に体が反応せず後ろに転ぶ。だが、痛みは無い。
狗神は後ろに転んだ夕凪に再度切りかかろうとしたが、目に映る何かにより止まり、一点を集中し始めた。
狗神の視線の先には、夕凪を抱き留め、
銀色のウルフカットの髪、左右には狼のような耳が髪から覗き見えており、口からは鋭く尖っている八重歯。
夕凪を抱き留めている手は、狗神と同じくらい鋭く尖っていた。
「あ、貴方は、銀籠さん…………?」
夕凪は見上げ、彼の顔を見る。
名前を呼ばれた銀籠は、下を向くことはせず小さく頷いた。
「銀籠さん! 無事だったんだね」
「あぁ、強い気配を感じてな、一時避難をしていたのだ。まさか、準備を整えている時にこのような事態になっているなど思っていなかったぞ」
夕凪は、そんなことを言っている銀籠をただただ見上げる。
そんな時、微かに彼の手が震えている事に気が付いた。
「…………あの、私に触れても大丈夫なのかしら…………?」
「大丈夫ではない。だが、優輝を助けた人間、そう考えれば、まだマシだ…………」
口ではそう言っているが、銀籠の顔は青く、息が荒い。
冷や汗が滲み出ており、本当にマシなのか疑う。
何も言えずに見上げていると、銀籠は夕凪から手を離す。
立ち上がろうとするが、体がふらついてしまった。
「っ、大丈夫? 銀籠さん」
「はぁ、大丈夫だ。問題ない」
優輝が倒れそうになった銀籠を支えるが、すぐに離れ二人を後ろに下がらせた。
「ジンロウ、ギンヲ、ギンヲ、ダセェェェエエ!!!!」
男性は怒り狂ったように銀籠に向かって鋭い爪を振りかざす。
優輝が銀籠の名前を叫び、自身の怪我などお構いなしに守ろうと駆け出した。だが、それは意味のない事。
狗神の血走らせた瞳は、次の瞬間に見開かれ唖然とすることとなった。
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