第15話 「直接カップを渡す事が出来ちゃった」

 銀籠は、優輝からカップを手渡しされたことに気づかず受け取り、蓋を開ける。


 優輝は渡した体勢で固まり「……え?」と、惚けた顔を浮かべていた。

 それは、銀も同じで、目を丸くし感心の声を上げる。


 二人の事など視界に入っていない銀籠は、まだ湯気が上っているスープに、ふぅふぅと息を吹きかけ、ゴクッと飲んだ。


「――――はぁ、温かい」


「俺の心も温かい、ありがとうございます」


「優輝とやら、胸を押さえて大丈夫か? なんか、頭がおかしくなっとらんか?」


 味噌汁を飲んだ銀籠の姿に、優輝は胸を打たれその場に蹲る。


 自分の手からカップを受け取ったなどといった出来事もあり、優輝は尊さで瀕死。


 銀が呆れながら背中を撫でている間、銀籠は味噌汁を楽しんでいた。


 全て飲み終ると、カップを床に置く。

 銀が回収し、幸せそうにデレデレとした顔を浮かべている優輝に渡した。


「沢山食べれたな、えらいぞ銀籠」


「んっ…………」


 銀が笑みを浮かべ頭を撫でると、背後から殺気に近いものを感じ振り向いた。


 じとっと、先程とは打って変わって、憎しみの込められた瞳と目が合ってしまい、口元を引き攣らせる。


「ずるいです、俺と場所を交代してください」


「無茶を言うな…………」


 優輝の愛が重く、銀はため息を吐くしかない。

 その時、銀籠が欠伸を零し眼を擦った。


「物を食べたから眠くなったのじゃろう。片づけはしておく、気にせず寝るが良い」


「んっ…………」


 言われたまま横になり、銀籠は目を閉じる。

 かけ布団を肩までかけてあげ、銀は床に置かれたカップを優輝に渡した。


「今日は助かった、礼を言うぞ」


「いえ、自分の為なので。では、これ以上ここに居ると迷惑になってしまいますので、今日はこれで失礼しますね。また明日来ます」


「待っておるぞ」


 カップを入れてきた鞄に空のカップも入れて、優輝は小屋から出た。


 ガシャガシャと音を鳴らしながら森の中を歩いていると、途中何かを思い出し足を止める。


「…………銀籠さんに直接カップを渡す事が出来ちゃった、出来ちゃったよぉぉおお」


 乙女のように高揚した頬を抑え優輝は喜び、スキップで帰宅していった。


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「今更ながら気づくか」


「うるさい、父上は黙ってて…………」


「やれやれ」


 銀籠も、やっと優輝から直接カップを受け取ったことを気づき、元々赤かった顔がゆでだこ以上に赤くなり、かけ布団に顔を埋めていた。


「これは、結構進展が早いかもしれぬな」


 銀籠の様子を見て、銀はクスクスと笑い、銀籠の背中を撫でてあげた。


 ※


 次の日に優輝が小屋へ行くと、銀籠はだいぶ回復していた。


 まだ布団の上に座ってはいるが、顔色も昨日よりマシになっている。


「体の調子は大丈夫? まだ熱あるの?」


「昨日ほどではない。意識もしっかりしておるから問題ないぞ」


「それなら良かった」


 銀籠からの返答に、優輝は安堵の息を吐く。


「…………うむ、良かったのだが………。まだ本調子ではないから、声が聞き取りにくいぞ。そんなに離れなくてももう良い。だから、もう少しこちらに寄ってくれぬか?」


 銀籠と出来る限り距離を取る為、優輝は出入り口付近を陣取っていた。

 だが、それではまだ本調子では無い銀籠の耳に優輝の声は届きにくい。


 今では優輝に慣れてきたため、もう少し近づいても大丈夫と伝えるとものすごく喜び、いそいそと銀籠へと近づいた。


 途中、本当に大丈夫なのか銀籠の表情を伺うが、特に変わらない。

 流石に隣まで行くと嫌だろうかと深く考えてしまい、腕二本分の距離で止まった。


「このくらいなら大丈夫かな」


「確かに声もしっかり届くが……まぁ、良い」


 何やら落ち込んでいるように見える銀籠に、優輝は首を傾げたのち、顔を真っ青にした。


「い、いきなり近づきすぎた? え、ご、ごめん。我慢しなくていいんだよ? 怖いよね、怖いよね、ごめん」


 またしても出入口に下がってしまった優輝。


「あっ」


 銀籠は、戻ってしまった優輝を見て残念そうな声を漏らすが、これ以上何も言えず視線を落とす。


 二人のかみ合っていない様子に、ずっと傍観を勤めていた銀は狼姿で身体を震わせ、笑いだした。


「~~~~~!!! ぬしらはわざとか!? わざとなのか!? お笑いでも繰り広げておるのか!?」


 床を叩き爆笑している銀を目の前にし、優輝と銀籠の目はキョトンと丸くなる。


 なぜ笑っているのかわからず、何がわざとと言われているのか見当がつかない。

 そのため、首を傾げるしかなく、顔をお互い見合わせた。


「まさか、本当にわざとではないのか? え、本当に?」


「父上が何を言いたいのかわからぬが、我はふざけてなどおらぬぞ」


「俺も同じく、ふざけていることなど一度もありませんよ?」


 二人の反応に、今度目を丸くしたのは銀の方。


 二人の微妙な距離感は、相手を心から想ってのもの。

 相手を労り、考え接しているため、それが逆に仇となり、距離が今以上に縮まらない。


 二人のすれ違いに気づいている銀が何か助言をするべきなのか、それとも見守るべきかなのか、冷や汗を流しつつ考える。


「…………あ、あのな? 銀籠はもう――」


 銀が二人の助言になるような言葉を伝えようと銀籠を見た時、銀の瞳に映ったのは、一人の女性。


 黒く、腰まで長い髪、赤い着物。

 口元には笑みが浮かび、凛々しい姿で銀を見ていた。


 女性は、音にならない声で銀に言葉を伝えた。



 ……………………――――――――。



 口の動きだけで女性が何を言いたいかわかった銀は、開きかけた口を閉ざす。


 銀籠と優輝は、何故銀が何も言わなくなったのかわからず首を傾げた。


「父上? どうしたのだ?」


「…………いや、何でもない。わしは少々外に出る。二人の時間を楽しむがよい」


 のそりと体を起こすと、銀は二人を残し小屋を出る。

 外に出た銀は、青空を見上げ目を輝かせた。


「――――――――愛華、教えてくれてありがとうのぉ」


 呟いた銀の後ろには、微笑みを浮かべ、銀籠と同じ銀色の瞳を向けている先程の女性。


 口を微かに動かしたかと思うと、そのまま姿を消した。


 最後に伝えた言葉は――……


『息子をよろしくね、銀様』

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