第16話 「本当に、我の事が好きなんだな」

 小屋に残されてしまった二人は、唖然。

 銀の消えた扉をただただ見つめていた。


 茫然としたままお互い目を合わせると、銀籠は水色の瞳から逃げるように思わず目を逸らす。

 薄く染った頬を冷ましながら、空気を変えようと話しかけた。


「えっと、とりあえず、もう少し近づいても問題はない。ぬしなら、その、慣れては、きた…………」


「っ! それは本当!?」


 目を輝かせ、花を飛ばし聞き返した優輝に銀籠は驚きつつも、目を逸らしつつ頷いた。


「嬉しいよ、ありがとう! でも、怖くなったら遠慮なく言ってね」


 銀籠が頷いた事を確認すると、優輝は笑みを浮かべながらゆっくりと近付いて行く。


 一歩、また一歩と。


 やっと、お互いが手を伸ばせば届く距離まで近付くことが出来た。


 ちらっと銀籠を確認すると、まだストップはかけていない。

 もっと大丈夫なのかと、また一歩ずつ近づく。


「…………あの、銀籠さん」


「ん? なんだ?」


「もう、手を伸ばせば届く距離になっているけど、大丈夫?」


 今の距離は、今まで近付いたことがないほど近い距離。

 手を少しでも伸ばせば、簡単に銀籠に届いてしまう。


「今のところは問題ない」


「そ、そうなんだ」


 本当に大丈夫なのだろうかと思いつつ、優輝は咳払いをして気を取り直す。

 その際、銀籠の肩が微かに震えた。


「っ! や、やっぱり、我慢しているの? だから、無理しなくてもっ――――」


 再度離れようと優輝が後ろに体を傾けた時、銀籠が慌てて手を伸ばし止めた。


「ま、待ってくれ!」


 優輝に伸ばされた銀籠の手は、触れる手前で止まる。


 気持ちとは裏腹に伸ばされた手はすぐ引っ込められたが、銀籠は先程より赤く頬を染め、もう少し近づいてもいい事を伝えた。


「ま、まだ、大丈夫だ。ゆっくりなら…………」


 小さな声で呟かれ、優輝は一瞬思考が停止。

 目が点となった後、気をしっかりと持つように自身の頬をひっぱたいた。


「っ!?」


「あぁ、うん。なら、ゆっくり近づくね」


 赤くなった頬を気にせず、優輝はゆっくりと距離を詰める。

 銀籠の真横まで近付くことができ、優輝はこの後どうしようかと考えた。


 これ以上近づくのは、正直理性が持たない。

 今まで近付くことが出来なかった分、優輝の理性はへなちょこ。

 今以上近づいてしまうと、触れるだけで終わらないかもしれない。


 怖がらせないだろうか、驚かないだろうか。

 やっとここまで気を許してくれたのに、迂闊に動き嫌われでもしたら立ち直る事が出来ない。


 どうするのが一番か悶々と考えていると、意外にも先に動き出したのは銀籠だった。


「優輝、手を見せてくれぬか?」


「? これでいいのかな」


 右手を開き、銀籠へと差し出す。

 その手を銀籠はじぃっと見た後、自身の左手を差し出した。


 白く、女性だと見間違えてしまう綺麗な細い手。

 人間である優輝とは違い、爪は鋭い。


 そっと触れる銀籠の左手に、優輝は目を開き驚く。

 へなちょこの理性を無理に働かせる事となってしまった。


「え、え?」


 手が重なっただけでも驚きで思考停止一歩手前だというのに、あろうことか銀籠は優輝の手をぎゅっと握る。


 理性が吹っ飛びそうになった時、銀籠がやっと口を開いた。


「人間の体温や感触ってこんな感じだったか……。懐かしいな」


「え、ん? 体温? 懐かしい?」


「む? 父上から聞いてはおらぬのか?」


「え、えと、何の、話?」


 理性との戦いをしている優輝は、銀籠が何を話しているのかわからない。

 なんとか理性に打ち勝ち、思考を正常にし話をまとめる。だが、わからない。


「もう、聞いておるのかと思ったぞ」


「銀籠さんの趣味や好きな食べ物とかは聞いたけど、過去とかは本人の口からじゃないと、なんとなく罪悪感が出てきそうで聞いていないよ」


「なんだそれ」


 優輝の言葉に銀籠はケラケラと笑い、手を離す。


 温もりの消えた手を見下ろし、優輝は肩を落とすが、理性が保ってくれてよかったと一安心。すぐに手を下ろし、顔を上げた。


「…………なぜ、我が人間を怖がるようになったか、ぬしは聞きたいか?」


「銀籠さんについてだったら何でも知りたいけど、話すのが難しかったら無理しなくても大丈夫だよ。話せる時に話してくれたら嬉しいかな」


「ぬしは、どこまでも優しいのだな」


「俺は銀籠さんを落とさないといけないからね。じじぃや姉さんにはここまでしないよ、めんどくさい」


 優輝が素直に言うと、それに対しても軽く笑う。


「本当に、我の事が好きなんだな」


「好きだよ。最初に会った時から」


 目を細め、銀籠を見る。

 その瞳には熱が籠っており、銀籠は思わず頬を赤く染め気まずそうに視線を下げた。


「そうか」


「うん、わかってもらえてよかったよ」


「まぁ、少しは……」


 銀籠の言葉に、優輝はきょとんと目を丸くする。


「少しかぁ。完全に割ってもらうにはどうすればいいかなぁ。あ、そうか。銀籠さんの好きなところを事細かに言えば信じてもらえるかな!」


 名案というように、手をポンと叩き優輝が提案する。

 すぐに話し出そうとしたが、すぐに銀籠が慌てて止めた。


「そ、それは、我がもっと、耐性付いた時にでも頼む」


「あ、そっか。わかったよ。それまでに作文用紙数十枚くらいに言葉をまとめておくね」


「やめてくれ」


「うーん、考えとく」


「はぁ…………」

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