第17話 「…………人とは、ここまで温かい生き物だったか」
初めて手を繋ぐことができ、優輝は手に残った温もりを大事に帰宅していた。
今日は風呂に入らないぞ、手も洗わない。
いや、でも。それだと、さすがに外の匂いがこびりつくか。
そんな事を考えながら薄暗くなる畑を歩いていると、優輝は何故か急に足を止めた。
「――――――――人、では、ない。どこから……」
なにか、邪悪な気配を感じ、優輝は周りを警戒し始めた。
銀籠に会う時は、警戒されないために式神である札一枚しかもっていない。
それは、しっかりと銀籠と銀には伝え済み。
そこまで強い式神ではないため、今襲われてしまえば優輝は何も出来ず殺される。
それでも優輝は陰陽師という立場、ほっておくことが出来ず気配も探る。
だが、具体的な何かがわかる前に気配は無くなってしまい、これ以上探れなくなってしまった。
「気配を消すのが上手いな。まだ手を出してこないみたいだけど、警戒を強めた方がいいかもしれない。銀さんは、気づいているのかな」
ぼそっと呟き一度森を振り向くが、すぐに自身の陰陽寮へと歩き出した。
※
優輝がいなくなり、布団の中で横になっていた銀籠は、自身の手を見つめていた。
目を細め、先程まで感じていた温もりを思い出す。
「…………人とは、ここまで温かい生き物だったか」
昔、まだ母親が生きていた時は、人の温もりを毎日のように感じていた。
人からの優しい言葉、行動。
あやかしとは違い短い人生の中で、懸命に生き続けている人を、銀籠は近くでずっと見ていた。
だが、母親は病に負け、若くしてこの世を去ってしまった。
母親がいなくなってから、銀は元気をなくし、立ち直すのに数年の時を費やしてしまった。
立ち直った後も銀籠と銀は、また人と暮らす機会があった。
その人はまだ子供の男の子。森に捨てられ、食べ物を探し銀籠達が住む小屋へと忍び込んでいたのだ。
それを銀籠が見つけ、銀と話し合った結果、共に住むこととなる。
だが、それが間違いだった。
銀籠の目の前には、血を流し倒れ込んでいる銀の姿と、片手に包丁を持って狂気的な笑みを浮かべている人間。
手に付いた銀の血を舐め、何が楽しいのか。狂気的な笑みを浮かべながら見てくる人間の黒い瞳。
思い出した瞬間、銀籠は体をビクッと震えさせ、布団を深く被った。
過去に起こってしまった、消える事のないトラウマ。
頭の中にいつまでも残り続け、見えない鎖により拘束される。
母親は幼い自分を残し、一人でいなくなってしまった。
迷い込んできた子供は、育てた恩を忘れ、自分達を殺そうとした。
この二人以外の人間に会った事もなかったため、人間とは自分から離れていく。自分の大事な人を苦しめる。
そう思ってしまい、銀籠は人間へ恐怖の感情しか抱かなくなってしまった。
だが、銀籠の、氷のように冷たくなってしまった心を温めたのもまた、人間。
人間は全て恐怖の対象、共に居ては自分達が危ない。
その考えを覆したのは、優輝の優しさと、真っすぐな想い。
自分は何もしないと、持っていた全ての荷物を下ろして見せたり、距離を絶対に詰めなかったり。
どんな時でも銀籠を一番に考え、想いを真っすぐに伝えてくれた。
優輝の真っ直ぐな想いは、銀籠の恐怖により固められた心の氷を溶かしていった。
それで今回、熱で弱っていたとはいえ、自ら人に触れる事が出来て銀籠自身、驚く。
布団から顔を出し、まだ優輝の温もりが残っている手を見つめ、そっと握る。
安心したように微笑むと、目を閉じ夢の中へと入って行った。
囲炉裏でおかゆを作っていた銀は、後ろから寝息が聞こえた事により振り返る。
「寝たのか?」
銀の問いかけに返答がない。
銀籠の顔を覗き込むと、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「くくっ、ゆっくり休むのじゃぞ」
微笑みを浮かべ、銀が銀籠の頭を撫で火を消し、鍋に蓋をした。
狼の姿になると、寝息を立て眠っている銀籠の隣に移動し、座る。
そのまま、赤い瞳を閉じ、共に眠りについた。
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