第25話 「銀籠よ、素直になってはみんか?」

 無理やり優輝を村の外へと送った銀籠は、自身の右の肘を抑え始める。


「…………結構、痛むのだな。これを優輝は我慢しようとしていたのか」


 目を細め痛む右肘を見るが、気を取り直し小屋へ戻ろうと歩き出した。


 歩く振動でズキズキと痛むが、表情一つ変えず歩き、無事に小屋へと辿り着く。


 中に入ると、銀が狼姿で眠っている。


 起こさないように気配を消し囲炉裏に近づくが、銀は空気の揺れなどを感じ、目覚ましてしまった。


「うむ…………? もう、そんなに時間経ったのか?」


「今日は少し早くに解散したのだ。用事があったらしい」


「ふむ…………」


 咄嗟に誤魔化しながら、銀籠は囲炉裏の近くに腰を下ろした。


 銀はくわっと、大きな欠伸をし、体を伸ばす。

 ホッと一息付き、手を火に添えている銀籠を見て、違和感を感じ首を傾げた。


「…………銀籠よ、なにか隠しておらんか?」


「っ、え、そ、んなことないぞ」


 明らかに動揺を見せた銀籠に、銀はまたしても小首を傾げた。


 いつもは目を合わせ会話をしてくれる銀籠のはずだか、今回は視点が合わない。

 落ち着きがないように泳いでいた。


 確実に何かを隠している。

 そう確信した銀は、銀籠をじぃっと見続けた。


「…………あ」


「っ! な、なに?」


「銀籠、髪に枯れ葉が付いておるぞ」


「え、どこ?」


「待っておれ、取ってやるから」


「あ、ありがとう」


 のそのそと立ち上がり、銀は人の姿に変化した。


 なぜ人に戻ったのか聞く前に、銀は銀籠の後ろに回り手を伸ばす。


 途中まで伸びた手は、彼の銀色の髪ではなく、肩に乗せられた。


 まるで、銀籠を逃がさないように。


「────銀籠よ、何を隠しておる?」


「あっ」


 後ろから覗いて来る銀の額には青筋が立っており、誤魔化す事はもう出来ないと銀籠は察した。


 口元を引きつらせ、正直にさっきあった出来事を話した。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「まったく、銀籠。今回の事はさすがのわしも許さんぞ」


「すいませんでした」


 怪我をした銀籠の右肘を銀が治癒している。

 怒りながらも手元は正確で、淡い暖かな光が当てられている肘から痛みは消えた。


 何度か腕を動かし、本当に怪我が消えたのか確認。

 まったく痛みが無くなったため、銀籠は銀に謝罪したあと、しゅんと落ち込んでしまった。


 そんな銀籠を見て、腕を組み鼻を鳴らしている銀は、ここ最近銀籠が元気ない事を気にしており、今のうちに聞こうと問いかけた。


「銀籠よ。最近、なにを悩んでおるのじゃ?」


「っ、な、悩んでいないぞ?」


咄嗟に嘘を吐いてしまった。

だが、それはすぐに見破られる。


「また、嘘を吐く気か?」


「うっ……。父上、ずるいぞ」


「大事な息子が悩んでおるのじゃ、話を聞く権利くらいある。まっ、親に話せんことくらいはあるじゃろうが、今回の件は違う。隠せると思うなよ。親を舐めるな、銀籠」


 ふんっと鼻を鳴らすと、銀籠は参ったというように項垂れた。


 今まで悩んでいたことを銀に話しても、大丈夫なのか。

 いくら実の父親である銀でも、引いてしまうのではないか。


 銀籠は色々と考えてしまい、口を開くことが出来ない。

 顔を俯かせ迷っている銀籠を見て、銀は眉を下げ組んでいた手を下ろした。


「…………優輝か夕凪か。はたまたどっちもかのぉ、悩みの種は」

「っ、え、なんで」

「これでも銀籠を誰よりも長く見てきたのだぞ? 少しでも悩んだり、辛い思いをしていたらすぐに分かる」

「…………怖い」

「なぜじゃ!!」


 銀籠の言葉に銀はショックを受け、床に両手をつき肩を落とす。

「うー……」と、薄く涙の膜が張っている銀の肩を、今度は銀籠がポンと叩いた。


 今、ショックを受けている銀を見て、銀籠の頭に一つの疑問が浮かぶ。


「…………父上は、何故人間と生涯を共にしようと思ったのだ?」

「む? 決まっておるじゃろ! 愛華を心から愛しておったからじゃよ!」


 目を輝かせ、笑顔で自信満々に言い切った銀に、銀籠は目を見張る。

 また、ほかの質問をしようとした時、銀は体の限界が来てしまい狼の姿に戻ってしまった。


 銀籠の肘を治すために妖術を使ったのもあり、銀籠は狼姿に戻ってしまった父親の頭を反射的に撫でる。


「語ろうと思ったらこれじゃ!! なんでじゃ!!」

「暴れないで、仕方がないだろう。父上の体は、人間によって一度危険な目にあっておるのだから。生きているだけでも良いと思わなければならん」

「そうかもしれんが……はぁ……」


 悲しんでいる銀を見て、銀籠は胸が締め付けられた。


 自分がもっと強ければ、自分がもっと体を動かすことが出来れば……。

 今考えても仕方がないと目を閉じ、下唇を噛んだ。


「…………銀籠、人は温かい物じゃ」

「温かいのなら、父上が今、辛い思いをしてはいない」

「そうじゃな。じゃが、ワシらのようなあやかしも同じじゃろう。人に恐怖を与える者がおれば、ワシらのように危害を加えない者もおる。人間も、同じじゃ。人間全てが悪者ではない。それは、もうわかっておるんじゃないか? 銀籠」


 銀の問いかけに、銀籠の頭の中には優輝の顔が浮かび上がる。


 優輝は、人間が怖い銀籠に一目ぼれしたと言っていた。

 何とかして近づきたいと、銀籠を一番に考えて行動していた。


 絶対に傷を付けたくない、悲しませたくない。

 そんな思いを銀籠は感じ取っており、優輝を思い出しただけで頬が熱くなり、心臓がバクバクと波打つ。


 頬が赤く染まっている銀籠を見て、銀は優しく微笑んだ。


「銀籠よ、素直になってはみんか?」

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