第24話 ――――――――自分が…………

 優輝がいつものように学校から帰ってきて荷物を自室に置き、森へ行こうと玄関で靴を履いていると、神楽が後ろから声をかけてきた。


「優輝」


「なに、姉さん。言っておくけど、小言は聞かないよ。今は特に」


「わかってるよ、そうじゃなくて」


 昨日の事もあり、後ろから呼んでいる神楽を見ようとしない優輝だったが、立ち上がる際、肩に手を置かれてしまい、無理やり振り向かされる。


 強く掴まれ、少しだけ顔を歪め、神楽を忌々しく見上げた。


「いっ、たいなぁ。なにっ――」


 昨日から何なんだと、怒りをぶつけようとしたが、思った以上に顔が近くにあり言葉を詰まらせた。


「え、えと、何?」


「もし、今日夕凪姉さんに会ったら伝えてほしい事があるの」


「また、夕凪姉さん……。なに?」


 昨日から同じ人の名前ばかり耳にする優輝は、げんなり。

 夕凪の事は好きだが、ここまで聞かされる理由が理解出来ず眉を顰めてしまう。


「時間がある時、私と会ってほしいって伝えてほしいの」


「…………? そんな事?」


「うん。私、まだ会ってないの。だから、会いたい、話したい。これだけでいいの、伝えて?」


 顔を離し、手を合わされる。

 別にそれぐらいならと、優輝は怪訝そうな顔を浮かべながらも了承。


 その後はお互い何も言わなかったため、優輝は小さな声で「行ってきます……」と呟き、玄関を出て森へと向かった。


 神楽の様子が最近おかしいと首を傾げ、唇を尖らせる。


「な、なんなんだろう。昨日から…………」


 ※


「それは、不運が続いておるなぁ」


「うん、本当に分からない。姉さんは最終的に何が言いたかったんだろう……。銀籠さんはわかる?」


「え、えっと。す、すまぬ、今の話ではわからん…………」


「うーん、そうだよねぇ」


 昨日の話を優輝が掻い摘んで話すと、銀籠は気まずそうに顔を逸らしてしまう。

 なんと言えばいいのかわからず、とりあえず誤魔化してしまった。


 ――――――――優輝がここまで鈍感だとは思っていなかった。どうすればいいのだ……。


 銀籠は夕凪が優輝に恋をしているのは、銀との会話で知っていた。

 今の話で神楽も夕凪の気持ちに気づいており、なんとも言えない気持ちを抱えているのも察する。


 この問題は銀籠も関わっているため、何と伝えればいいのか。

 そもそも、銀籠から伝えてもいいのかわからず、悩む。


「うーん。何だろう、なんかもやもやするなぁ」


「…………なぁ、一つ聞きたいのだが、いいか?」


「銀籠さんが聞きたい事あるのなら何でも答えるよ。俺が答えられる事なら何でも」


「その、夕凪という人間と優輝は、どのような関係なのだ?」


 銀籠からの質問に、優輝はキョトンを目を丸くする。

 だが、直ぐに気を取り直し答えた。


「うーん、そうだなぁ。陰陽師仲間……かな」


「その程度なのか?」


「いや、それ以上ではあると思うんだけど……。年上だから友達とか言うと偉そうと思われそうだし、友達以上と言うと勘違いされそうだし。なんて言えばいいのかわからないんだよね」


 困ったように笑う優輝を見て、銀籠は目を伏せ顔を俯かせる。

 これは、やっぱり銀籠から伝えない方がいいと思い、口を閉ざす。


「…………どうすれば、いいのだろうな」


「ん?」


 心臓がキュッと掴まれているような感覚に、銀籠は胸を抑える。

 目を伏せ、言葉を選ぶようにポツポツ話し出す。


「えっと、あまり夕凪という陰陽師の前では、我の話はしない方が良い」


「え、なんで?」


「…………そのうち分かるかと思う。我から言うのは、気まずい」


「えぇ……。銀籠さんも教えてくれないの? 誰も俺に教えてくれない…………」


 肩を落とし落ち込む優輝の肩をポンポンと叩き、慰める。

 ぶつぶつと「なんで。何で……」と呟いている彼を見下ろし、銀籠は目を細めた。


 もし、自分に会っていなかったら、優輝は人と普通の恋愛が出来て、今みたいに悩まなくても良くなる。


 あやかしと人との違いを考えなくてもいい、わざわざこんな森に自ら来なくてもいい。


 あやかしの自分は、人の世界で生きる優輝の邪魔となる。


 一度そのように考えてしまった銀籠は、ぐるぐると余計な事まで考え始めてしまった。



 ――自分と出会っていなければ


 ――自分が居なければ


 ――自分が話をしなければ



 ――――――――自分が…………


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「……うさん。ぎん……さん。ん? 銀籠さん?」


「っ!? なんでもなっ――へ、ちかっ!?」


「え、ちょっ!!」


 思考の渦に巻き込まれ、周りの声が聞こえていなかった。


 やっと優輝の声が銀籠の耳に届き意識が戻った時、距離がほんの数センチの距離までになっていた。


 こんな近くまで近寄ってきていたとは思っておらず、咄嗟に後ろに下がろうとしたが、足が上がらず転びそうになってしまった。


 体が後ろに傾き転びそうになる銀籠を支えるため、優輝は手を伸ばし掴む。

 だが、バランスをくずし、転んでしまった。



 ――――――――ドテッ



「いっ…………たくない?」


 銀籠は、体に走る痛みがないため不思議に思い咄嗟に閉じた目を開けると、優輝が自身を支えていたことで痛みがなかったんだと直ぐに分かった。


「優輝すまっ…………優輝?」


 謝ろうと声をかけるが、優輝は何も反応を見せない。

 再度問いかけると、やっと体を起こし始めた。


「い、てて……。あ、銀籠さん! 怪我はない!? 大丈夫!?」


「あ、あぁ、我は大丈夫だが……。優輝は大丈夫なのか?」


「俺も大丈夫、見た目は細いと言われるけど、陰陽師として鍛えてはいるからね」


 そう言う優輝は、何故か眉を下げ、右手を庇うように動く。


「…………右手、痛むのか?」


 質問され、優輝はピクっと肩をあげる。


「え、あ、あぁ。さっき転んだ時に、地面にぶつけてしまったみたい。まぁ、今だけだろうし、すぐに痛みは無くなるよ。だから、気にしないで」


 ニコニコと、安心させるように笑顔で言う。

 銀籠はそんな優輝を見て、心配そうに眉を顰めた。


「…………どこが痛むのだ?」


「え? いや、本当に気にしなくてもいいよ?」


「気になるのだ、教えるが良い。どこが、痛むのだ?」


 引き下がらない銀籠に、優輝は少し悩んだ末、おずおずと話した。


「えっと、右手の肘辺りかな。最初に地面にぶつけてしまったみたい」


「肘辺りか…………」


 銀籠は何を思ったのか。

 右手を優輝の右肘辺りに伸ばし、手を添える。すると、淡い光が優輝の腕に注がれた。


「? 何をしているの?」


「治癒だ。父上に教えてもらったのだ」


「へぇ、人狼って、そんな事も出来るんだ」


「父上は昔、あやかしの中でもトップクラスの力を持っていると言われていたのだ。このくらいは容易いと言っておったぞ」


 そんな話をしていると、優輝は痛みがなくなってきたことに気づき目を輝かせた。


 完全に痛みがなくなるのと同時に、淡い光は消える。


「わぁ、凄い! 痛みがなくなったよ!! 銀籠さんのその力、素敵だね」


「うむ、父上の力だけれどな。我も半分人間の血が流れているとはいえ、これくらいはできないとあやかしと呼べぬだろう」


 笑顔でそんなことを言っている銀籠は立ち上がり、今日はもう帰ろうと言った。


 まだ、銀が迎えに来ていないと優輝は渋るが、もしかしたら他にも痛みがあるかもしれないと銀籠は帰らせようとする。


 それでも渋る優輝の肩に左手を置くと、「またな?」と、少々荒い口調で言われてしまい息を飲む。


 瞬きをした瞬間、優輝は森の外へと移動させられてしまった。


「――――え、こんな事も出来るの?」


 森の外に追い出された優輝は、その場で唖然。ここまでされては、森の中に戻る事も出来ない。


 涙を浮かべながらも、銀籠に会うことは諦め陰陽寮へと帰って行った。

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