第30話 「はぁぁあ、銀籠さん…………」

「何があったのじゃ…………」

「銀さん、助けてください。銀籠さんが俺を殺しに来ています」


 何時ものように銀が二人を迎えに行くと、銀籠の腰に涙を浮かべ抱き着いている優輝の姿があった。


 一度は優輝も、銀籠と狗神の件が片付くまで森には来ないと心に決めたのだが、銀が迎えに来て離れなければならないとなった時、一気に決意が揺らいでしまった。


 離れたくないと腰に抱きつき、銀籠は怯えることなく頭を撫でる。

 ここまで距離を縮めていることに銀は驚き唖然。困惑しながらも、何とか言葉を絞り出し質問した。


「えぇっと。取り合えず、一つ一つ解決したい。まず、銀籠よ。その体勢は辛くはないのかのぉ?」

「優輝じゃなければ体が硬直して動けなくなっていたとは思うが、優輝だから余裕だ」


 今の言葉に優輝は微かに喜び、腰に抱き着きながら涙を浮かべた顔をあげた。


「俺だから、余裕なの? お、俺だから?」

「あ、あぁ。優輝以外の人間はさすがに無理だ。おそらく、体が動かなくなる、情けないが…………」


 目を伏せ落ち込んでしまった銀籠を見て、優輝は立ち直し腰から手を離す。

 視線を地面に向けている銀籠の顔を上げさせ、安心させるように微笑んだ。


「情けなくなんかないよ。俺にとっては、どんな銀籠さんでもかっこよくて綺麗で可愛いよ」

「!? ~~~~~うるさい!! 知らん!!」

「えっ」


 頬を膨らませ、照れ隠しのように叫んだかと思うと、銀籠は妖術を使い優輝を森の外に飛ばしてしまった。

 見ていた銀は、「あぁ…………」と顔を引きつらせ、森の外に追い出された優輝を思いドンマイと呟く。


「銀籠よ、恥ずかしいのはわかるが、今のは優輝が可哀想ではないか?」

「あやつが悪い! 何の前触れもなくあんなことを言うからだ!」


 この後もぶつぶつと赤い顔で優輝への文句を言っているが、どこか嬉しそうな雰囲気を纏っており、銀はやれやれと肩を落としつつ銀籠と共に小屋へと戻った。



 森の外に放り出された優輝は、地面に四つん這いになり「くそぉぉぉおおお!!」と項垂れている姿が畑にいる老人達に目撃されていた。


 ※


 次の日からは約束通り、優輝は森に行くことはなかった。

 何度か森に行こうかとも考えたが、約束を破ったことにより「やはり、人間は嘘つきだ! もう我の元に来ないでくれ!」と言われる想像をしてしまい行けない。


「はぁぁぁぁああ…………」


 自室で狗神について調べているが、銀籠不足で全く頭に入らない。


 丸テーブルにはいくつもの巻き物が置かれている。

 着物を来て、眼鏡をかけている優輝の周りには巻物とは別に、本が山積み。どれも狗神について書かれていた。


「はぁぁあ、銀籠さん…………」


 早く狗神についてなにか参考になるものをつけなければならないというのに、集中出来ず、項垂れている。

 そんな優輝の耳に、廊下から開成の声が聞こえた。


『優輝よ、今いいか?』

「はぁぁぁぁあああ」

『……入るからな』


 ため息を了承の言葉と解釈。

 開成は襖を開き、丸テーブルに突っ伏している優輝の隣に座った。


「まだ、銀籠に会わなくなって二日なんだが……。これは、重症だな…………」

「はぁぁぁぁぁあああ」


 優輝の口からはため息しかでない。

 そんな彼の背中を摩りながら、開成は用件を伝えた。


「ところでだが、狗神の件、調べは進んでいるのか?」

「頭に入らない」

「…………これは、銀に一度話をした方がよさそうだな」


 哀れむような瞳を浮かべ、開成が小さくため息を吐くと優輝のスマホが鳴った。


 流石に無視できないため重たい頭を起こし、スマホの画面を見ると、そこには夕凪の名前。

 珍しいなぁと思いつつ、開成に目伏せをし、通話ボタンを押した。


「もしもし」

『もしもし、いきなり電話をしてしまって悪いわね、今ちょっといいかしら』

「夕凪姉さんから電話なんて珍しいね。どうしたの?」

『ちょっと、こちらでも狗神について、昔の事件からここ最近の事件について調べてみたの。するとね、一度狗神は消滅している記事があったのよ』

「え、消滅? 一度倒されているって事?」

『そうらしいわ。もっと詳しく調べてみたのだけれど、どこの陰陽寮も狗神消滅事件には関わっていないのよねぇ。九重家には何か情報がなかったかしら』

「ちょっと待って。今ちょうど近くにじじぃがいるからスピーカーにする」

『わかったわ』


 優輝は事情を軽く開成に話し、スマホの画面にあるスピーカーのボタンを押した。


「話しは軽く聞いたぞ夕凪よ。残念だが、我々九重家もその事件には関わっておらん」

『つまり、陰陽師以外の何かが動き、狗神を消滅させたという事でしょうか』

「そうだろうな。狗神は半端な力では返り討ちになる程強力なあやかし、無名の祓い屋や除霊師の線は薄いだろう」

『ですが、そうなると他に何が…………』

「わしが知る限りで一人、おる。狗神と対等、またはそれ以上に戦えそうな者が……」


 開成の言葉に優輝はすぐに分からなかったが、夕凪はすぐに分かり「あっ」と声を漏らした。


『開成様が知っているという事は、あのお方ですか?』

「あぁ、あやかしには、あやかしを。そういう事だろう。だが、もうそやつはもう、力を失っておるからな」

『ですね…………。明日、そちらにお伺いしてもよろしいでしょうか。狗神の件、話を詰めましょう』

「わかった」


 二人はそこで話が理解したが、優輝だけは二人の言っている人物がわからず困惑。

 おいて行かれているような気がして、頬を膨らませた。


「あ、後で教えてやる。だから、怒るな……」

「約束」

「あぁ、わかった」

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