仲冬

第32話 「確認は優輝に任せるとする」

 深夜、銀籠達が住む森の中に、一つの影が潜り込む。

 カサカサと枯れ葉を踏み鳴らし、血走っている目を森の奥へと向けた。


「ガルルッ。ギ、ギン。アイツ、ダケハ、ユル、サナイ!」


 黒い短髪の男性の口から発せられた名前は、銀。


 涎を垂らし、威嚇するように歩く。

 まだ扱い慣れていない人形を無理やり動かしているようぎこちなく、足を引きづっていた。


「ア、イツガ、ワレヲ、ユルサヌ、ユルサヌゾ」


 憎悪の含まれた言葉を吐き出し、暗雲が立ち込める闇を目的の人物を探すため、ただひたすらに歩き続けた。


 ・

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「――――っ」


 銀籠が寝ている布団の隣で、体を丸くし狼姿で眠っていた銀が目を覚ました。

 体をのそっと起こし、赤い瞳をドアへと向ける。


「…………嫌な気配が近づいて来ておるな」


 目を細め、立ち上がる。

 ドアを開け、外に出ると体に突き刺さるほど冷たい風が吹かれ、同時に悪い気配も流れ込んできた。


「この気配……。昔感じた事があるのぉ。こちらに来たのはいいが、今のワシでは太刀打ちできん。どうしたものか…………」


 考えていると、後ろから足音が聞こえ、耳がピクリと動く。


「起こしてしまったか…………」

「いや、流れ込んできている気配で目が覚めただけだ、父上は悪くはない。それより、この気配は、まさか…………」

「あぁ、予想通りじゃよ。おそらく、昔の恨みを晴らしに来たのじゃろう。ワシを狙って来ているのは特に良いのじゃが、ここにはもうワシだけが住んでいるわけではない。まずい事になったぞ」

「我の事でしたら気にしないでよいぞ。我も半妖とはいえ、父上の血が流れておる。昔はよく模擬戦も行っていた、問題はない」


 二人が寂しくなってきた森の中を探るように見ていると、気配が強くなるのを肌で感じ震わせた。


「こちらに近付いているみたいだが……」


 不安げに銀籠は、横目で隣にいる銀を見た。


「今、鉢合わせするのは避けたい。ひとまず、ここから一度離れた方が良いじゃろう」

「行くところはあるのか?」

「奥に洞窟がある。今夜はそこで朝を迎えようぞ」

「わかった」


 二人は銀を先頭に、森の奥へと姿を消した。


 ※


 夕凪は九重家に泊まり、狗神の対策を話し合っていた。


 今、和室には開成、夕凪、優輝、神楽の四人が丸テーブルを囲い座っている。

 四人の手には複数の狗神の資料が握られており、確認し合っていた。


「やっぱり、狗神は世間を騒がせるほど強力なあやかしだったみたいだけれど、それが現代に進むにつれ世間から姿を消していますね」

「みたいだな。それがわしらの予想だと、銀の仕業となっている」

「なぜ銀様だと思うのでしょうか、開成様」

「たんなる勘だ。あやかしがあやかしを消滅させるなど普通ならありえん。だが、銀がやったのなら理解できる。あやつは、人間が好きだからな」

「父親である銀様は人間が好きなのに、息子である銀籠さんは人間が苦手なんて……」

「そればかりは仕方がないだろう。それに、銀籠については優輝に一任しておる、気にせんでいい」


 神楽と共に資料に目を落としていた優輝は、名前を呼ばれ顔を上げる。

 小さく頷き、「当たり前」と返した。


「銀籠さんについては俺に任せて、絶対に落とす」

「そういう事ではない」


 開成と優輝の会話に、幻滅したように神楽が話を無理やり止めた。


「今はそんな話どうでもいいでしょ、早く狗神について考えよう」


 口調が強く、怒気が込められている。

 なぜ、今の会話で神楽が怒り出したのかわからず、二人はきょとんと目を丸くした。


 夕凪は微かに目を開き、隣で眉を吊り上げている神楽を見る。

 彼女の心情を察し目を細め、優しく微笑んだ。


「ありがとう、神楽ちゃん」

「別に。私はただ、女性心が全く分かっていない男共に嫌気がさしただけ」


 何故そんなことを言われないといけないのか。

 優輝と開成はお互い顔を見合せ、よく分からないまま「「ごめんなさい」」と謝罪した。


「誠意のない謝罪はいりません。早く話を進めるよ」

「「はい」」


 これ以上何か言えばもっと怒らせてしまう。神楽を怒らせてしまえばめんどくさい。

 そう知っている二人は体を小さくし、シュンと落ち込む。


 家族の光景を見ていた夕凪はくすくすと笑い、神楽が怒りで握っていた資料を優しく取り、皺を伸ばした。


「狗神は一度、銀様によって消滅されている。もし、こちらの過程があっていた場合、恨みを持っている可能性、ありませんか?」

「……あぁ、確かに。一度封印され復活したあやかしが、封印した陰陽寮に襲い掛かると言う話はよく聞くね。ちゃんと学習して、力を増幅させてから来るんだよね」


 夕凪の言葉に優輝は納得したように頷く。

 開成が今の話を聞き腕を組み唸っていると、神楽は眉を顰めた。


「なら、一度事実を確認した方がいいんじゃないかな。優輝が行けば確実に聞けるでしょ? 人狼の方ならじじぃが適任だと思うけど。半妖がいるのなら話が出来るかすらもわからないし」

「それ、銀籠さんの事邪魔だって、遠回しに言ってない? 怒るよ」

「今はそんなことを言っている訳じゃないでしょ! 過激に反応しないで!」


 姉弟でにらみ合っているのを無視し、開成は優輝に銀へ確認できないかお願いした。


「確かに神楽の言う通りだ。優輝よ、出来るか?」

「出来るけど、出来ない」

「? なぜだ?」

「約束が、約束があるの。狗神について解決するまで森に行ってはいけない。約束が…………」


 絶望の顔を浮かべながら、優輝は震える体でそんなことを言っている。

 何があったのかわからないが、今回はそんなことに話をそらしている時間はない。

 三人は顔を見合せつつ、話を進めようと開成が説得した。


「狗神事件解決のためには協力が必要だ。それを伝えればわかってくれるだろう。銀の息子だからな」

「それだといいんだけど……。約束を破ったことにより『なぜ人間という物はこうも信用できないのだ!』と、今以上に距離が離れたりなんて……しない……かな」

「今のは、息子の真似か? すごい似ていたんだが…………」

「頑張った」

「その頑張りはまた違う所で生かしてほしいのだが……。今は関係ないから話を戻す。とりあえず、確認は優輝に任せるとする。良いな?」


 これ以上の反論は認めない。

 そう言いながら睨まれてしまい、さすが現当主と拍手を送りたくなる眼光に、普段はじじぃと呼んでいる優輝ですら頷くしかなかった。

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