第33話 「破ってもいい約束も、あるんだよ」
次の日の朝。
優輝は、「約束がぁぁあ」と嘆き森に行くのを拒んでいた。
だが、その行動はまったくの無意味。神楽と開成により陰陽寮から追い出されてしまう。
夕凪だけは不安そうに眉を下げていたが、神楽が「今は優輝に任せるしかないと思うよ、悔しいけど」と、苦々しい顔を浮かべていたため、これ以上は何も言わず見送った。
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「はぁぁあ、約束、約束を破らないといけないのか、俺……。でも、狗神の解決のため……でも…………」
銀籠が住む森に行く途中の畑で、ブツブツと呟く優輝。
周りで畑を耕している老人達は、いつものウキウキな彼を知っている為、顔を見合せ心配そうに耳打ちをしていた。
「はぁぁあ……」
「お兄さん、今日は何やら落ち込んでいるね。どうしたんだい?」
肩に白いタオルを巻き、汗を拭いながら一人の老人が優輝に声をかけた。
「あ、畑をいつも耕ししているおじいちゃん、こんにちわ…………」
「しっかり挨拶が出来てえらいな。それより、いつもウキウキな足取りで森に向かっているのに、今回はどうしたんだい? 空気が重たいように感じるのだが?」
「い、いえ。ちょっと、足が重たい状況なだけなのでお気になさらず…………。意図的に約束を破らなければならなくなってしまっただけなので」
「あははははは」と、壊れた人形のような笑い声を出す優輝に、老人は困った様に顔を引きつらせた。
「そ、そうかい、それは大変みたいだね。でも、今君がそのような思いを抱えながらも目的の場所へ向かっているという事は、約束を破ってでもやらなければならない事があるということだろう? 現状と君の気持ちを話せば、相手もわかってくれるんじゃないかな」
「でも…………、破るのは変わりないし……」
「約束を守りたいと思うのはいい事だよ。でも、約束を守っても、大事なものを見失ったら意味はない。時には、破ってもいい約束も、あるんだよ」
手に嵌めていた軍手を取り、皺のある手で優輝の頭を撫でる。
角ばっているたくましい手で撫でられ、重たかった優輝の気持ちは重りが無くなったかのように軽くなった。
「――そうだね。今回の件は、約束を守っていると取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。多分、この約束にも意味があるんだと思うけど、ちゃんと優先順位を考えないと……。ありがとう、おじいちゃん!」
「うむ、気持ちを立て直したようで良かったわい」
「うん、おじいちゃんのおかげだよ。本当にありがっ――……」
優輝が老人にお礼を伝えようとした時、突如目を大きく開きゆっくりと森の方へと顔を向けた。
驚いているような、困惑しているような。
そんな表情を浮かべた優輝に、老人は「どうした?」と問いかけた。
「…………この気配、まずいかも!」
「な、おい!」
老人の質問に答えず、優輝は突如走り出す。
腕を大きく振り、全速力で森の中へ。
普通の人より走るのが早い優輝は、すぐに銀籠達が住む小屋へと辿り着いた。
「……――そ、んな…………」
息を切らしつつ、小屋に辿り着いた優輝は、顔を真っ青にしその場に立ち尽くす。
それもそのはず。
銀籠と銀が住んでいる小屋が酷く荒らされていた。
ドアは無理やり開けられたのか半分に折れており、壁には大きな爪でひっかいたような跡。
窓は割られ、鍋や座布団は無残な姿で床に転がっている。
「ぎ、銀籠さん? 銀さん?」
二人の名前を呼びながら小屋の中に入るが、返答はない。
それでも、二人の無事を確認したい優輝は何度も名前を呼んだ。
「銀籠……さん? な、なんで返事しないの……。一体、何が…………」
小屋の中の酷い有様を見て、部屋の中心でまたしても立ち尽くす。
周りをぐるりと見回し、少しでも銀籠達の手がかりがないか探すと、何かに気づいた。
「…………そういえば、鋭い爪の痕とかはあるけど、争った形跡はない?」
仮に銀籠と銀が襲われていたとしても、全く争わないのはおかしい。
一方的にやられるような二人では無い。必ず、何かしらの争った形跡が残っているはず。
だが、何度部屋の中を見回しても、血痕とかはない。
小屋だけが酷く荒らされている状況。
「…………多分、ここまで荒らしたのは狗神。強い気配だから先に察知して、身を潜めたのかな」
どこかに避難でもしたのだろうかと考え、優輝は深呼吸をし落ち着きを取り戻す。
それでも、胸に渦巻く不安と焦りは消えない。
どこかで倒れていないか、襲われていないか。
そればかりが頭の中に駆け巡り、それが焦りとなり正常の判断が出来ずにいた。
「…………お、落ち着け。銀さんがいるんだ、大丈夫」
そう自分に言い聞かせ、小屋から出て周囲を見て回ろうと振り返った。
その時、優輝は気づいていなかった。
小屋に近付いている邪悪な気配、舌を出し近づいている影に。
優輝が振り向くと、小屋の中にはもう一人、男性が入り込んでいた。
「……――――っ」
優輝が声を出す暇すら与えず、犬のような鋭い牙を見せ笑った男性は、頭の上まで上げている、人とは思えない程鋭く尖っている手を、勢いよく振り下ろした――……
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