第19話 「驚きと嬉しさで心臓が今やばい」
「え、知っているんですか?」
「妻の友人じゃった者じゃよ。少しばかりがなしたことがある」
まさか、あやかしである銀が九重家以外の陰陽師とも関わりがあるなんて思っておらず、優輝は「へぇ」と抜けた声を出す。
「銀さんも知っている方でよかったです。ですが、やはり人間なので、銀籠さんは怖いでしょう。近づかせないようにしないといけませんね」
「そうじゃな。銀籠、少々我慢してくれると助かるぞ」
顔を青くし、体を震わせている銀籠は、二人の言葉に眉を下げつつも小さく頷いた。
優輝が頭を撫でていると、木の隙間から足音が聞こえ三人は振り返る。
そこには、巫女の姿をしている一人の女性が立っていた。
「…………久しぶり、戻ってきていたんだね。
「本当にお久しぶりね。優輝、銀様」
綺麗で透き通るような声で挨拶をした女性は、太ももまで長い紅色の髪を揺らし、藍色と緑色の瞳を三人に向け歩く。
身長は子供と勘違いするほど小さいが、纏っている空気が澄んでおり、近づくだけで心洗われるような気持ちになる。
だが、どんなに綺麗な空気を纏っていても人間は人間。
銀籠が小さな悲鳴を上げ後ろに逃げようとするのを銀がなだめ、すぐに優輝が手を前に出し夕凪の歩みを止めた。
「待って、夕凪さん。それ以上近づかないでほしい」
「? どうしてかしら」
「この場いる銀さんの息子、銀籠さんをご存じですか? 人間恐怖症なんです」
優輝の後ろでカタカタと体を震わせ顔を青ざめさせている銀籠を見て、夕凪は息を飲み、微かに目を開いた。
「もしかして、愛華ちゃんの一人息子?」
「そうじゃ。我の妻、久美愛華の実の息子である銀籠じゃ。訳があり、人を怖がっておるんじゃよ。優輝は、毎日会い続けておったから近づくことが出来るようになっておるが、夕凪はさすがに今以上に近付くのは難しい」
簡単に説明すると、夕凪は顎に手を当て、目を細めた。
「――――わかりました。訳を詳しく聞くことはしません。ですが、少々残念ですね。親友である愛華の実の息子に触れる事……いえ、話す事すら出来ないとは……」
悲し気に肩を落とし、目を伏せる。
夕凪の反応に銀と優輝は申し訳ないと思いつつ、安心したように体に入っていた力を抜いた。
「来て早々悪いのぉ。それより、この森に来た理由は何じゃ? 誰かに用事があったのかのぉ」
「え、えぇ。用事と言いますか、なんといいますか…………。九重家に挨拶をしに行くと、この森に優輝がいると聞いて」
チラチラと優輝を見ながら、夕凪はボソボソと、凛とした佇まいとは打って変わって小さな声で言う。
「え、俺に用事?」
「用事という程のものでは無いのだけれど……」
夕凪は顔を少しだけ俯かせ、紅色の髪を右の人差し指でくるくると回す。
頬は薄く染まり、眉は困ったように下げられる。
その反応だけで銀は何かを思い出し、苦い顔を浮かべた。
「あ、あぁ。そういえば、そうじゃったのぉ……。まいったなぁ…………」
「え、どうしたんですか、銀さん。なぜ、そんな困ったような顔を浮かべているのですか?」
「いや、今は話せん」
「ん?」
複雑そうな表情を浮かべ、優輝からの質問を軽く返し夕凪へと近づく。
優輝は変わらず、震えている銀籠の背中をさすり、安心させようとしていた。
「今回こちらに戻ってきたのは、一時帰国と言ったものか?」
「え、えぇ。またこの地を立たなければなりません。ですが、数か月はこちらに滞在する予定ですので、少々知り合いに会いにと思っています。それと、愛華ちゃんにも会いに行きたいと思っているのですが、今も静かに眠っているのでしょうか」
「嬉しいことを言ってくるのぉ。それなら、今から少々付き合ってもらってもいいか? 銀籠は優輝に任せるとする」
「色々聞きたい事もありますので、私は構いません。よろしくお願いします」
銀が銀籠と優輝にこの場から離れる事を伝え、二人で森の奥へと姿を消す。
残った優輝は銀籠が落ち着くのを待ち、震えが落ち着いて来た頃を見計らって問いかけた。
「大丈夫?」
「あ、あぁ。だいぶ落ち着いた。すまない……」
「俺は大丈夫だよ。逆に、可愛い銀籠さんを近くで見る事が出来たから、不謹慎だけど幸せ」
笑みを浮かべニコニコと銀籠を見る優輝に眉をピクっと動かし、彼の頬を引っ張った。
「可愛くなどない!!」
「いひゃいひゃいひゃいぃぃい!」
横にびろーんと引っ張られ、痛みに耐えながら銀籠の手を掴み、涙目で訴えた。
その時、何かに気づき銀籠は怒りが収まりきょとんと涙を浮かべ、頬を摩っている優輝を見つめた。
「え、な、なに?」
「もう一度、引っ張ってもいいか?」
「え、頬を? 駄目だよ!?」
相当痛かったらしく、サッと頬を両手で隠し首を横に振る。
優輝の反応に銀籠は目を丸くした後、何を思ったのか。
ニンマリと口端を横に引き延ばし、両手を広げた。
「なぜ逃げるのだ、優輝よ。我が触りたいと言っておるのだぞ? なぜ、許してくれぬのだ?」
「触るだけならいいけど、引っ張られたら痛いの! 触るなら頭をなでるとか手を握るとか――俺が銀籠さんを抱きしめるとか」
「なぜ我が抱きしめるではなく、優輝が抱きしめる事が前提なのだ」
「抱きしめたいのならどうぞ!」
ばっと両手を左右に開き、ウェルカムというように目を輝かせた。
そうではないと思いつつも、両手が頬から離れたため、銀籠は「おりゃ」と両手で頬を挟んだ。
――――その時。
「うわっ! ――あ」
「え、うわ!!」
――――――――ドテッ
銀籠に頬を挟まれ驚いた優輝がバランスを崩してしまい、後ろに倒れ込んでしまった。
背中から倒れてしまった優輝は「いてて」と、咄嗟に顔をあげようとする。
その時、目の前には銀籠の顔が数センチ先にある事に気づく。
不可抗力だったどはいえ、銀籠に押し倒されている状況となってしまった。
お互い目を合わせ続け数秒後、同時に顔を真っ赤に染め銀籠はすぐさま後ろに下がった。
「わ、悪かった! そん、そんなつもりはなかったのだ!」
「い、いや。銀籠さんにそんな気持ちがなかったのはわかっているから大丈夫なんだけど……。ちょっと驚いたというか、嬉しいというか、可愛いというか。とりあえず、驚きと嬉しさで心臓が今やばい。死にそう、尊すぎて」
胸を押さえ「うっ」とうめいている優輝の言葉が半分くらい理解出来ず、銀籠はただただ困惑。
赤くなった頬を手で冷まし、何とか落ち着きを取り戻した。
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