第20話 「愛の力」

 お互いまだ頬は赤いが、何とか落ち着き今日はここで解散となる。


 小屋に戻った銀籠は、銀がいないことに気づききょろきょろと見回した。


「…………まだ、戻っておらぬのか」


 踵を返し、自身の母親のお墓へと向かおうと小屋の裏へ歩き出した。


 森は奥に進めば進むほど木が高くなり、陽光を遮る。


 太陽も沈み始め、辺りは薄暗い。

 視界が遮られているが、銀籠は慣れているため迷いなく進んでいく。


 森の奥へ進むと、人の話声が聞こえ始め、一度足を止めた。


「っ、陰陽師……」


 いつものように近づこうとするが、夕凪が銀の隣にいるため、小さな悲鳴を上げ木の影に隠れてしまう。


 名前を呼ぼうかどうか悩みながらも、声の聞こえる方を覗き見た。


 耳を澄ませば話し声が聞こえる。

 盗み聞きをしてはいけない。そう思いながらも、声をかけるタイミングを図るためと自分に言い訳をし、銀籠は聞き耳を立てた。


「それにしても、銀籠さん。銀様の血が色濃く出ておりますね。愛華の要素がないように見えましたが?」


「見た目は完璧我と瓜二つじゃな。瞳の色だけは愛華と同じじゃが。あとは、性格も愛華じゃぞ。木の実を食べると愛華が怒った時と同じ怒り方をするから、本当に怖い」


「あ、あぁ……。本気で怒ると手が付けられなかったのを思い出しました」


 愛華は一度怒り出すと、言葉は丁寧になるが相手が反省するまで言葉攻めをする。


 それだけならいいのだが、言葉だけで反省しない人には体に教え込ませる。

 そのため、何度も銀は尻拭いをさせられていたのだった。


「さすが愛華の子供ですね、お強い」


「普段は可愛いワシの自慢の息子じゃぞ」


「そう、それなら安心です」


 普通の、友達同士の会話。

 聞き耳を立てる必要はないと思い、近づくことなく銀を呼ぼうとした。


 だが、それより先に夕凪が口を開いてしまい、銀籠のかすかに出た声がかき消されてしまう。


「あの、銀様。一つ、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


「なんじゃ?」


「銀籠さんは、なぜ人間が苦手になってしまったのでしょうか。聞かないとは言いましたが、やはり気になってしまいまして……。それと、優輝に関しても…………」


「あぁ、なるほど。やはり気になるわなぁ」


「まぁ…………」


「夕凪は優輝のことを好いておるからな。そうなるのも仕方がない」


 今の銀の言葉に、銀籠は目を開き木から出した体を隠してしまった。

 口に手を当て、漏れそうになった声を抑える。


「…………優輝のこと、好いておるのか。あの、人間」


 優輝は自分のことが好き。


 だが、自分は銀籠の想いに

 それなら、優輝のことを好いてくれている人間と共に過ごした方がいい。


 そう思うが、それと同時に胸に針が刺さったような痛みが走る。

 頭がぼぉ~として、視界が歪み始めた。


 口を押えていた手を下げ、痛みが走る胸を押さえた。


 息が苦しく、自然と荒くなる。

 これは人間である夕凪を視界に入れているからなのか。

 それとも、他の感情か。今の銀籠にはわからない。


 波打っている心臓を押え、回らない頭で自身の現状の原因を考えるが、意味はなかった。

 立っているのも辛くなってしまい、その場を後にし小屋へと戻った。



「ん?」


「どうしました?」


「いや、後ろに誰かの気配を感じたが、気のせいかのぉ」


 二人で振り向くが、そこにはもう、誰もいなくなっていた。


 ※


 優輝は毎日の日課となっている銀籠とのおしゃべりを楽しみに、森の中を歩いていた。


 黒いコートを着て、マフラーを巻いていても寒く、体が震えている。

 鼻の頭が赤く、手はポケットの中。もう、冬は目前。


 空を見上げると、曇り空。雨が降りそうだなぁと思いながらも、帰るという選択肢はない。


 空を見上げていた顔を戻し前を向くと、いつもの所に銀籠が優輝と同じく鼻の頭を赤くし立っていた。


 今日は羽織だけでなく、首には白いマフラー、手には動物の皮で作った手袋がはめられている。


「銀籠さん」


「っ、優輝」


 優輝の声に銀籠が反応し、顔を向けた。

 その時、優輝は何かに気づき首を傾げる。


「んー?」


「? どうしたのだ」


「いや、銀籠さん。なんか、元気ない?」


 優輝の疑問に銀籠は目を微かに開き、息を飲む。


「な、なぜ?」


「なんとなく? 声に覇気がないのと、目線が少しだけ合わない。あと、寝不足なのかな。目元が少しだけトロンとしているような気がするよ。何かあったの?」


「逆に、今の少しの時間でそこまでわかるのはすごすぎないか? 逆に怖いのだが…………」


「愛の力」


「…………はぁ」


 一言で済ませられたが、その言葉の重さが一瞬でわかり、銀籠は気の抜けた声を出すしか出来ない。

 それに対しても優輝は不思議に思い、問いかけた。


「本当にどうしたの? 昨日のことがまだ頭に残ってるの? 大丈夫、俺以外誰もいないし、気配を感じたらすぐに教えるから。あ、俺も今以上に近づかない方がいいかな」


 二人の距離は今、木、二本分。


 普段はもっと近い距離まで詰める事が出来るが、昨日は思いがけない来門者があったため、人間への恐怖心が蘇ってしまったのかなと思い立ち止まる。


 優輝は、ほんの少しでも銀籠に負担を与えたくない、我慢をさせたくない。

 その気持ちでいつもいるため、配慮は欠かさなかった。


「いや、だいじょうっ――……」


 ”大丈夫”。そう言おうとしたが、言葉が途中で詰まる。


 ここで大丈夫と言えば、優輝は喜んで銀籠に近づくだろう。

 だが、それでいいのか。このまま、優輝との関係を続けてもいいのだろうか。


 銀籠の言葉が続かず、優輝ただただ首を傾げ、次の言葉を待ち続けた。

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