第12話 「えっと、誰?」

 冬が近づき、制服の上に黒いコートと、首には同じ色のマフラーを身に着け優輝が森に向かっていた。


 鼻は赤く、息は白い。

 震えながら歩いていると、優輝は少しだけ違和感を感じた。


「…………あれ? いつもならお出迎えしてくれるのに…………」


 スマホの時間を確認するが、今までと同じ時間。

 いつもより遅かったり、早かったりとかはしていない。


 もっと奥だったかなと、首を傾げながら森の中を進む。

 だが、銀籠は現れてくれない。


「困ったなぁ…………」


 優輝は銀籠が住んでいる小屋を知らない。

 連絡手段もないため、どうしようか悩む。


 式神を飛ばそうかとも考えたが、怖がられてしまう可能性があり断念。


 それなら気配を探ろうかとも思ったが、住処を知られたくないかもしれないと思いとどまる。


 ここで安易に動いて、今まで培ってきた信頼を崩したくは無い。


 心の距離が離れてしまうのを避けたい優輝は、いつも二人で話している木に背中を預け考えた。


 何かあったのだろうか。まさか、人がこの森に入り込んでしまったのか。

 それとも、事故に巻き込まれたのか。


 頭の中に嫌な想像が駆け回り、優輝はいてもたってもいられず気配を探る事にした。


 これで仮に嫌われてしまったとしても、何か事件に巻き込まれているのなら助けたいと。

 そう自身に言い聞かせ、目を瞑りあやかしの気配を探る。


「――――見つけた。けど、弱い?」


 あやかしの気配を察知、だが弱すぎるため、集中しなければすぐに失ってしまう。


 嫌な予感が走り、優輝は地面を蹴り森の奥へと駆けだした。


 風を切り、前だけを見てひたすらに走る。

 気配を見失わないため集中しながら走っていると、木の影から男性が一人現れた。


「っ!?」


「わっ!?」


 全速力で走っていたため直ぐに止まることが出来ず、優輝は咄嗟に体を横にそらし避ける。


 その時、勢いを殺すことが出来ずバランスを崩し、しりもちを着いてしまった。


「いてて…………」


「だ、大丈夫か?」


「大丈夫、ごめっ――あ」


「ゆ、優輝? なぜ、そんなに慌てているのだ?」


 木の影から現れたのは、手に何も持っていない銀籠。

 しりもちを着いてしまった優輝を見下ろし、心配そうに手を差し伸べていた。


「あ、ありがとう、ちょっと嫌な予感がっ――あ」


 何も考えず、優輝は差し伸べられた手を掴み、立ち上がる。

 その際、何の疑いもなく銀籠の手を掴んでいることに気づき、彼の顔を見た。


 いつもより近い銀籠の顔、初めて伝わるぬくもり。


 茫然としてしまっていたが、すぐさま手を離し距離をとった優輝は、高揚する頬を隠すように顔を逸らし、口元に手を当てた。


「ご、ごごごご、ごめんなさい。あの、悪気があって近付いたわけではなく、心配でここまで来てしまったというか…………」


「何を言い訳しておるのだ? 我は何も言っていないのだが…………」


「え? ……………………えっと、誰?」


「誰って……、我は銀籠だが……。まさか、今まで毎日のように話していた相手の顔を忘れたのか? それは酷い話


 最後の語尾で、優輝の表情から感情が消える。

 目は座り、大きなため息を吐いた。


「はぁ……。あの、口調が出ていますよ、銀さん」


「…………あっ」


「いや、”あっ”ではなく……。何をしているんですか」


 見た目は銀籠、だが口調や雰囲気は銀。

 じとっと疑わしい顔を浮かべ、優輝は銀の名前を出した。


「あー、ばれてしまっては仕方がないのぉ」


 困った様に眉を八の字にし、頭をガシガシと掻く。


 銀籠はそのような仕草をしないため、優輝にとっては珍しい光景。

 銀とわかっていても、見た目は銀籠なため、つい見つめてしまった。


「…………銀籠はいつも、このような視線を受けておるのか。羨ましいのぉ」


「え、あ。すいません、つい……。あの、その姿どうしたんですか? 変装ですか?」


「変装は、あながち間違えてはいないのぉ」


 口角を上げ言うと、銀の足元から急に風が吹き始め、彼を包み込む。

 次に姿を現した時には、長い髪を揺らした銀の姿へと切り替わっていた。


「ちょっと姿を借りただけじゃよ。驚かして悪かった」


「いえ……」


 ケラケラ笑っている銀を見て、優輝は肩を竦める。

 本物の銀籠はどこにいるのか問いかけようとしたが、それより先に銀が話し出してしまった。


「それにしても、何故分かったんじゃ? 口調や雰囲気は何とか似せていたと思うのじゃが」


「最初は俺も焦っていたとはいえ、まんまと騙されてしまいました。不自然に思ったのは、俺が手を掴んだ時ですね。冷静過ぎです。表情一つ変わらなかった為、違和感を感じました」


「違和感だけで、主は”誰?”と聞いていたのか?」


「違和感から確信に変わったから聞いたんですよ。それより、銀籠さんに何かあったんですか? 貴方が姿を変えてまでここまで来たという事は、何かあったんですよね?! 何があったんですか!? 猟人などに狙われましたか! 人が侵入してきましたか!? まさか、この森にだけ嵐がっ!?」


 徐々に不安が募り、勢いが強くなる。

 銀に顔を寄せ、責め立てるように質問し続けた。


「お、落ち着け落ち着け。銀籠は体調を崩してしまっているだけだ。問題はないぞ」


「…………体調を崩してしまったのですか!? 熱は!? 頭痛はありますか!? 寝ているだけで治るのですか!?」


 またしても質問攻めされてしまった銀は苦笑を浮かべ、ぽんっと優輝の肩に手を置いた。


「そんなに心配なのなら、姿を見ていけ」


「…………え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る