第11話 「時間はまだたっぷりあるんだから」

「へぇ、そんなことがあったんだ」


「あぁ。まったく、父上には何度もつまみ食いをするなと言っているのに……。これからは食料調達も難しくなる季節、蓄えておかんといかん。それを理解しているはずなのにな」


 いつものように優輝が話を切り出そうとしたが、今回は珍しく銀籠から話し出した。


 ワクワクしながら聞いていると、ホンワカエピソードだったため、思わず微笑む。


「確かに冬が近づいて来ているもんね。これから自然は眠りにつく季節、狩りとかをメインにしている銀籠さん達にとって過ごしにくい季節になるのか」


 青く澄んだ空を眺め、優輝は自身の身体を摩る。

 寒そうに体を震わせている彼を見て、銀籠は自身の羽織をそっと見た。


「…………」


 数秒、動かなくなった銀籠は、羽織を掴むとするりと脱ぎ始めた。

 まだ自身の腕を摩り、鼻を赤くしながら青空を見上げている優輝に視線を送る。


「にしても、これからは――……」


 視界に映る白い物により、優輝は言葉を止めた。

 見ると、銀籠が自身の白い羽織を差し出している。


「…………銀籠さん?」


「寒いのだろう。我ので悪いが、羽織っても構わぬ」


 優輝が自身へ顔を向けると、すぐに顔を逸らしてしまった銀籠の頬は赤い。

 照れ隠しのように言葉を繋げ、差し出し続けた。


 まさか羽織りを渡してくれるとは思っておらず、優輝は珍しく慌てたように銀籠と羽織を交互に見る。


 直ぐに受けとって貰えず、勇気を出した銀籠はいたたまれない気持ちになり、眉を顰め唇を尖らせた。


「……受け取るのか、受け取らないのか。受け取らんのなら構わん」


 我慢できなくなり羽織りを引っ込めようとすると、慌てて優輝が手を伸ばし


「ま、待って。欲しい、欲しいから引っ込めないでっ――……」


 咄嗟の事だったとはいえ、優輝は一気に距離を縮めて、しかも手を掴んでしまった事に顔面蒼白。

 すぐさま離れたが、冷や汗が止まらない。


 やっぱり人間など信じられんと、また距離が離れてしまったらと考え弁明しようと銀籠を見た。


「あ、あの。今のは咄嗟のことで──? ぎ、銀籠さん?」


 以前、陰陽寮で出会った時の光景が頭を過るが、銀籠は目を丸くして自身の手を見つめているだけ。


 名前を呼んでも返答がなく、優輝は困った様に眉を下げ、その場で立ち尽くす。


「……銀籠さん? どうしたの?」


「優輝」


「はい……、はい?」


 今のタイミングで名前を呼ばれるとは思っておらず、頭が真っ白。

 そんな優輝の心境などまったく気にせず、銀籠は自身の手を見つめ続けた。


「今、我の手を掴んだか?」


「へ? え、えっと…………。スイマセンデシタ」


「そう言うという事は、掴んだのだな」


「ハイ」


「…………そうか」


 思っていたより銀籠が冷静で、優輝も徐々に焦りで早波を打っていた心臓が落ち着く。


 姿勢を正し銀籠を見つめていると、やっと顔をあげた彼と目が合った。


 銀色の瞳が真っ直ぐ自身をみつめてくる。

 咄嗟に逸らしながらも、どうしたのと問いかけた。


 数秒後、銀籠は首を傾げながら右手を優輝へと差し伸べた。


「…………ん?」


「もう一度、掴んでみてはくれぬか?」


「え、え? 良いの?」


「す、少しずつで頼む! 一気に距離を縮められるのは、その…………まだ、怖いのだ」


 顔を逸らし、気まずそうに羽織りを左手で強く掴む。

 差し出している右手も微かに震えており、優輝は本当に触れてもいいのか悩む。


 確認の意も込めて銀籠の顔を見ると、再度銀色の瞳と目が合う。

 お互い逸らす事はなく、何も発する事が出来ない。


 その時間が温かく、それでいてくすぐったい。

 湧き上がる気持ちを抑え、優輝は銀籠に右手をゆっくりと伸ばした。


 距離が離れてしまっている為、一歩一歩近づき、距離を詰めながら。


 途中、銀籠が肩をびくっと上げたため、優輝は咄嗟に足を止めた。

 だが、すぐに大丈夫だと言われ、歩みを再開。


 今は、手を伸ばせば届く距離。


 ここまで距離を縮めたのは、最初、屋敷で出会った時以来。

 そのため、優輝も緊張で頬が赤く、心臓が先ほどとは違う意味で高鳴り、息が苦しい。


 今より、近づくことが出来ない。

 銀籠の右手を、掴むことが出来ない。


 優輝の緊張が銀籠にまで伝わり、二人の顔は同じくらい赤くなる。


 むず痒く、恥ずかしい。でも、ここまで来て、後には引けない。

 息を飲み、覚悟を決め。優輝は右手を伸ばし、ゆっくりと銀籠の手に触れた。


 指先がちょこんと当たり、一瞬銀籠が手を引っ込めてしまったが、すぐに再度差し出す。


「だ、大丈夫? 怖くない?」


「今のは咄嗟に手を引っ込めてしまっただけだ、怖がってなどおらん」


 口ではそう言っているが、先ほど指先が触れただけで、銀籠の身体は震えてしまっている。

 優輝はこれ以上銀籠に無理はしてほしくないと、一歩後ろに下がってしまった。


「っ、優輝?」


「銀籠さん、俺はまたこの森に来るよ。毎日、君に会いに来る。だから、今無理に触れようとしなくても大丈夫。時間は、まだたっぷりあるんだから」


 にこっと優しく微笑み伝えると、銀籠は差し出していた手を下ろし、目を伏せ小さく「すまん」と謝った。


 彼の謝罪を受け、優輝はけらけらと笑い、またいつもの距離を保ち木に寄りかかる。


「あ、でも羽織りは貸してほしいかな、寒いし。そこからポイっと投げてもらってもいい? 絶対に落とさないから」


「わかった、しっかりと受け取るのだぞ」


「うん」


 銀籠がくるくると羽織を丸め、受け取りやすいように優輝へと投げた。

 落さないように気を付けながら受け取り、丸められた羽織を広げる。


 実際に持ってみると、銀籠に合わせられたサイズな為大きく、優輝が羽織ると体すべてが包み込まれてしまった。


「…………身長、そんなに変わらないはずなのに」


「鍛えておるからな」


「筋肉か…………」


 羽織りを肩にかけ、優輝は自身の腕を触る。


 陰陽師としての体力作りはしているが、普通の人より少しだけ筋肉がある程度の自分の腕に、がくっと項垂れてしまった。


 彼の様子を見て、今度は銀籠が楽しげに笑う。


 二人はそこからいつものようにお話をし、銀が来るまでの一時間を大いに楽しんだ。

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