第22話 あいつのせいだ、確実、優輝のせいだ!!

 いつものように銀が迎いに来たため、今日の雑談は終わった。


 優輝は今回、だだをこねることはせず、珍しく素直に帰る。

 そのことに銀籠は驚きながら、森の外へ歩く優輝を見送った。


「…………珍しい」


「そうじゃのぉ。簡単に帰るのは珍しいことじゃが、まぁ、良い。帰るぞ、銀籠」


「は、はぁ…………」


 なんとなくしょぼんと肩を落としている銀籠の手を甘嚙みし、小屋へと引っ張る。

 歩みを進め、いつものように小屋へと戻った。


「今回はいつもより楽し気じゃったのぉ」


「え、なんで知っているのだ?」


 いつも銀は銀籠に言われ、迎えに来る直前までは近くに来ない。

 それなのに、なぜそんなことを知っているのか。


「時間の感覚がおかしくなっているな。今日はいつもより遅い迎いだったのだぞ? 邪魔をしてはいけない雰囲気だったからのぉ、タイミングを見計らっていたのじゃ。空気をしっかり読んだワシをほめよぉ〜」


 カッカッカッ!! と、笑っている銀を見て、銀籠の顔が真っ赤になり湯気が立ち上る。


 頬を膨らませ、狼姿の銀の頭をポカポカと叩いた。


「いて! いて、いて! おい、辞めんか!」


「父上が悪い!!」


 辞めてと訴えるが意味はなく、銀籠は叩くのをやめなかった。

 銀籠は先ほどの光景が頭を過り、赤く染まった頬を両手で挟んだ。



 ~~~~~~あいつのせいだ、確実、優輝のせいだ!!



 自分のよくわからない感情は全て優輝のせいにし、バクバクと波打つ心臓を押さえ、小屋の中へと姿を消した。


 ※


 優輝は銀籠から離れ素直に森から出ると、一度足を止め振り返った。


「――――銀籠さんには悪いけど、ちょっと下準備しておこうか」


 以前、邪悪な気配を森付近で感じたため、優輝は気にしていた。


 幸せな時間を過ごせば過ごすほど、優輝の心には不安が募る。


 今、優輝は最低限の御札一枚しか持っていない。

 仮に、何かが現れてしまった時、一枚だけでは心もとない。


 せめて、もう一枚だけでも持ち込めたら少しだけ優輝的には楽になる。

 二人には悪いが、次からは持っておこうと考えていた。


 冷たい風が優輝の髪を揺らすのと同時に、陰陽寮に帰るため振り返る。


 刹那──……


 ――――ドンッ!!


「うわ!!」


「いてっ!」


 一歩前に足を踏み出した時、誰かとぶつかってしまいしりもちをついてしまった。


「いてて………。だ、誰?」


「いたた……。"誰"じゃないわよ。いきなり歩き出さないでくれるかしら」


「ごめんなっ……って、夕凪お姉さん?」


 優輝とぶつかってしまったのは、私服姿の夕凪だった。


 スキニージーンズに、花柄のブラウス。

 小さな革の鞄は転んでしまった拍子に地面に転がった。


「あ、ごめん。怪我してない?」


「大丈夫よ。少しびっくりしたけれど」


 手を差し出し夕凪を立たせたあと、優輝は転がってしまった鞄を拾い上げ、汚れを払い渡す。


 それを当たり前のようにされ、夕凪は頬を微かに赤く染めながらも、気づかれないようにそっぽを向き、鞄を受け取った。


「ありがとう」


「どういたしまして。ところで、ここで何をしているの?」


「え、い、いや…………」


 優輝の質問に、夕凪は慌てた様子で口ごもる。


「え、えと……。そ、そうよ! まだ、話足りないことが沢山あったから、銀さんに会いに来たのよ」


「あ、そういう事。でも、今は銀籠さんと一緒に居るから、ちょっと遠慮してほしい……かも?」


 今の言葉に、夕凪は銀籠の人嫌いを思い出し理解。すぐに頷いた。


「わかったわ、今は行かない」


「うん、ありがとう」


 表情一つ変えず、優輝は夕凪の横を通り過ぎる。だが、その際に手を掴まれてしまった。


「っ、? どうしたの?」


「貴方は、銀籠さんが好きみたいね」


「うん」


 一切迷うことなく、優輝は頷いた。


 彼の反応に、わかっていたとはいえ夕凪の胸がチクリと痛む。

 それでも表情には出さないよう、何ともないというように手を離した。


「そうなのね、それなら今は落としている時なのかしら」


「うん、なかなか素直になってくれなくて大変だけど、それも含めて楽しいよ。それにね、最近、色々な表情を見せてくれるようになったんだ」


 花が舞うような空気を纏い、銀籠の話をする。

 その話を聞くだけで、夕凪の心は大きく抉られる。


 心が黒い靄に支配される中、何とか気を取り直し顔を逸らすため、振り返った。


「貴方の恋愛話に付き合う程、私は暇じゃないわ」


「あ、ごめん」


「…………またね」


「うん。あ、最後にいい?」


「…………何?」


 振り向くことなく、優輝の言葉に耳を傾けた。


「今は、無理してない? 夕凪姉さんの神通力は強いけど、それをいいように使われてない?」


「心配無用よ。私はもう何でも背負い込むことはないわ。背負い込んでも意味が無い事は、貴方が教えてくれたでしょう?」


 口調が一定で、何を思っての言葉なのか察することが出来ない。

 優輝は深く考えることはせず、肩を落とした。


「俺はあまり覚えてないけどね、結構小さかったみたいだし。役に立っていたのなら良かったけど」


 ほっと安心したような息使いが聞こえ、夕凪は歯を食いしばる。


 鞄を強く握り、その場から歩き出した。


「それじゃね、優輝。その恋、実るといいわね」


「うん、ありがとう。またね」


 二人はここで分かれた。

 優輝も自身の陰陽寮に帰ろうと歩き出す。


 雨雲が徐々に周りを薄暗くし、視界を覆う。

 一人になった夕凪は田んぼに囲まれた道で足を止めた。


「…………私は、幸せなのなら、それでいい。今までの幸せを、返さなければ――……」

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