第42話 「ありがとう」

 夕凪と少しお話した銀籠は、目を輝かせしっかりと頷いた。


 彼の意思を見て、にこっと微笑むとその場から離れ「私は先に帰るわね」と、神通力を使いその場から空へと飛んで行く。


 夕凪を見届けるため、皆は上を向く。

 空は鮮やかな水色。白い雲が気持ちよさそうに泳いでいた。


 澄んでいる空を見上げていると、雲とはまた別の白いものが銀籠達へと降り注ぎ始めた。


「これって、雪?」

「みたいじゃのぉ」


 上空から降り注ぎ始めたのは、冬を表す”雪”。

 手のひらを上に添えると、雪は人の温もりで水になる。


 今まで幾度も雪は見てきた銀籠だったが、今日見た雪は今まで見たどの雪よりも綺麗だと、そう感じていた。


「銀籠さん」


 名前を呼ばれたため顔を上げると、優輝が近くまで歩いて来ていた。

 今の距離は腕一本分、前まではその距離でも体を震わせていたが、今では平然としていた。


「銀籠さん、俺は諦めませんからね。銀籠さんが心から俺を愛しても大丈夫だと、共にいても問題ないと思えるまで。俺は、絶対に諦めません。なので、ゆっくりで大丈夫です。自分の気持ちを大事にしてください」


 微笑む優輝の言葉に、銀籠は頬を染め顔を逸らす。

 雪を受け止めていた手をぎゅっと握ると、覚悟を決めたように最後、優輝の瞳と目を合わせた。


「わかった。なら、今言うぞ」

「え? い、いや、だから慌てなくても――……」


 優輝は無理に伝えなくても良いと言っているが、銀籠は覚悟が決まったと眉を吊り上げ、優輝を見つめる。


 銀色の瞳に見つめられ、緊張の糸が伸びる。

 どのような言葉が放たれるのか、なんて思われているのか。


 嫌われていたらどうしよう、しつこいと思われていたらどうしよう。


 マイナスな思考がどうしても頭の中を駆け回り、体が小さくなってしまう。

 後ろへ無意識に下がるが、銀籠が優輝の手を痛みの無いように掴み、止めた。


「あっ」

「逃げるでない」

「い、や! で、でも!!」

「む?」


 いつもは優輝から近づくのに、今回は優輝が逃げようとしている。

 近付かれたくないのかとそう思ったが、表情を見た感じそうでは無い。


 優輝の顔は赤く、握っている手は熱い。

 どう見ても嫌がっているようには見えない。


 彼の表情を見て少し考えた後、何かを察した銀籠はにやぁっと口角を上げ優輝の手を引いた。


「っ、え? わっ!」

「逃げるでないぞ、優輝」


 腕を引き、自身の胸に引き寄せる。

 ニコニコと笑みを浮かべながら、戸惑っている優輝を見下ろす。


 何とか距離を取ろうとするも、銀籠の力は強い。

 簡単に振りほどくことが出来ず、距離をとれない。


 顔はタコのように真っ赤。目は泳ぎ、口は金魚のようにパクパクと動いている。

 その姿が可愛く、いじめたくなる。だが、これ以上は銀籠も話が進まないと思いくすくすと笑い手を離した。


「すまぬ、つい可愛くていじめてしまった」

「…………イジワル」

「む? またいじめてほしいか?」

「もう!! 何でそうなるのさ!」


 優輝は銀籠の言葉に、顔が赤いまま頬を膨らませ怒る。


「まぁまぁ、そう怒るでない。優輝にとって、良い知らせかもしれぬぞ?」

「よい知らせ? …………え?」


 ポカンと口を開き、唖然。

 今の話の流れで良い知らせだと、銀籠が優輝と共に今後の人生を歩むという言葉を聞けることなのかと考える。

 だが、これは自身の都合のよい考えではないかと、優輝はかぶりを振り自身の思考を中断。

 考えを改めようとするが、銀籠が彼の顎に手を添え、顔を上げさせられてしまい銀色の瞳と目が合う。


 彼の瞳は優しく細められ、口元には変わらず穏やかな笑みが浮かんでいる。


「優輝、我はぬしに負けた。ぬしの気持ち、強い思いに完敗だ」

「つ、つまり…………?」

「あぁ。我でよければ、優輝の恋人とやらにしてくれんか?」


 銀籠の言葉に、優輝は目を開き水色の瞳を震わせる。

 我慢できなくなり、一粒の涙が頬を伝い落ち、口元を震わせた。


「くくくっ、まさか、そんな顔をぬしが浮かべるとは思っていなかったぞ」

「い、いや、だって…………。まさか、本当に、そんなっ…………」


 優輝は今、初めて銀籠の目の前で子供のように泣いてしまった。

 一度零れてしまった涙は止まらず、拭いても拭いても流れ出るため意味はない。


 両手で擦っていると、銀籠が優輝の手を掴み目元から離させた。


「擦るでない、腫れてしまうぞ」

「だって…………」

「優輝、感謝している」

「っ、え」


 なぜ、いきなり感謝していると言われたのか、優輝にはわからない。

 返答を聞くため、涙をぽろぽろ流しながら銀籠を見つめた。


「優輝は我に、人の温かさを思い出させてくれた。人の優しさを思い出させてくれた。人は冷たいだけではなく、このように癒してくれる存在でもあると、優輝を通じて思い出すことが出来たのだ。だから、感謝したい。お礼を言いたい。本当に、諦めずに我へ声をかけ続けてくれて、ありがとう」


 今の言葉に、またしても涙。

 優輝はもう止める事が出来ない涙を何度も拭き、銀籠も笑顔で優輝を抱きしめ、温もりを分かち合う。


 二人の行方を見ていた三人は、顔を見合せくすくすと笑い合った。

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