秋晴れ

第5話 「いきなり来てごめん。どうしても銀籠さんに会いたかったから…………」

「父上!! なぜまた会う約束をしたのだ!! 我は絶対に嫌だからな!!」


 住処としている森に戻ると、人の姿を保つのが限界になった銀は、狼の姿になり歩いていた。


 そんな時、今まで大人しかった銀籠が銀に向かって怒鳴り始める。


「まぁまぁ、待て待て銀籠よ。落ち着くのじゃ」


「これが落ち着いていられるか!」


 銀が落ち着くように言うが、銀籠の熱は冷めない。

 肩を上下に大きく動かし、鼻息荒く喚き散らす。


「また人間と会わなければならんという事だろう!? どうするのだ! また人間が我らに牙を向けてきたら。しかも、今度はただの人間ではなく陰陽師! 父上は過去の後遺症で体はうまく動かぬ、どうする気だ!!」


 まさか、ここまで取り乱すとは思っていなかった銀は、困った様に眉を下げ言葉を詰まらせた。


 何も言えず俯いてしまった銀を見て、銀籠も言いすぎてしまったと後悔。

 気持ちを落ち着かせるため深呼吸をし、悲しげに目を細めた。


「…………父上、我は嫌だ。いつも言っているだろう。我は、父上がいればいいのだ。他の者など必要ない。父上に、生きていてほしいのだ」


「銀籠、その気持ちは嬉しい。じゃが、我もいつまで生きていけるかわからぬ。少なからず、銀籠より先にいなくなってしまうじゃろう。そうなった時、銀籠は今のままだと一人になってしまう。そうなれば…………」


「そうなったとしたら、我は父上について行く。そうすれば、母上にも出会えるだろう?」


「銀籠…………」


 銀の気持ちを理解できず、銀籠は銀の温もりに縋るように抱き着いた。


 大事な息子に植え付けてしまったトラウマ、人間への恐怖心。どうすれば拭う事が出来るのか。


 銀は頭を悩ませながら、抱きしめてくれている銀籠の肩に顎を置いた。


 ※


「何をぼぉっとしているの、優輝。学校行かないと遅刻するわよ?」


「…………昨日の人狼の息子さんに会いたいなぁって思って」


「あぁ、銀籠さんだっけ? 結局、私達とは一言も話さなかったわよね。それに、ものすごく怖がっていた。私達だけで会うのは難しんじゃない?」


 優輝は昨日から上の空。

 頭の中には銀籠の涙を浮かべた顔や、恐怖で青ざめている顔が浮かび、時々一人でニヤリと笑っている。


 そんな彼に神楽は顔を引きつらせる、気持ち悪いと言うように顔を歪ませていた。


「…………あんた、本当に気持ち悪いわよ」


「酷いなぁ。ほら、学校行かないと遅刻するんだったよね、早く行こう」


「うん……」


 二人で学校に向かっていると、また優輝が不気味に笑ったため、神楽はため息と共に彼の背中を強く叩いた。


「キモイ」


「痛い……」


 ※


 森の中で火を付けるため薪を集めていた銀籠は、昨日銀に思いっきり怒ってしまったことを一人、後悔していた。


「はぁ…………」


 恐怖で頭が冷静ではなかったと悔やみ、ため息が漏れる。


 それでも作業の手は止めず、背中に背負っている薪を見て、このくらいでいいだろうと判断。家に戻り始めた。


 少し歩くと、銀籠は目を細めすぐに一度足を止める。

 顔を上げ、辺りを見回し始めた。


「…………人間の、匂い」


 冷たい風が、人の匂いを銀籠に伝えた。

 顔が青くなり、恐怖で体を強ばらせる。


 ────どこに、隠れておる。どこから襲ってくる。


 もし、危険な人が侵入してきていたら、銀に危険が及ぶ。それだけは避けなければならない。


 目線だけをさ迷わせ侵入者を必死に探していると、意外にもあっさり見つける事が出来た。


「あ、見つけた」


「っ!?」


「あ、待って!! 何もしないから逃げないで!!」


 水色の瞳と目が合った瞬間、銀籠は涙を浮かべ逆側へと走り出す。


 だが、侵入者である陰陽師、優輝の狙いは逃げ出そうとしている銀籠。逃げられたくない一心で止めた。


 反射的にぴたっと足を止め、銀籠は恐る恐る振り向く。


「いきなり来てごめん。どうしても銀籠さんに会いたかったから…………」


 なぜ自分に会いたかったのだと聞きたくても、口が震え声を出す事が出来ない。


 警戒しながら見つめていると、優輝はどうにか話が出来ないか考え始めた。


「えぇっと……。俺は、普通にお話しできたらそれでいいんだけど……。あ、懐に何か隠しているとか思っているのかな。確かに隠しているから、それに対しては何も言えないや」


 言いながら優輝は懐に隠していたお札を数枚取り出し、肩にかけていた鞄からは羅針盤を抜き取る。


 他にも筆箱や教科書、ノートなども取り出し地面に置いた。


 鞄の中には何も入っていないよと言うように、逆さまにし振る。

 なにも落ちてこないため、本当に中は空っぽになっていることは銀籠にもわかった。


 他にもポケットの中には何も入っていない事や、ジャケットも脱ぎバサバサと振り、なにも怪しいものは持っていないことをアピール。


「ほら、これなら俺は何も出来ないし。仮に君が俺を殺そうとしても、何も抵抗できないよ」


 最後に何もしないという意思表示に両手を広げ、頭まで上げ降参ポーズを作った。

 今までの動きを全て見ていた銀籠は、優輝が不正などをしていないことは分かっている。


「他に何か気になるところはあるかな。あ、陰陽師だからといって、ゲームみたいに手から何か特別な力を出す事は出来ないよ。誰にでもできる結界も、お札がないと俺は出せないんだ。姉さんならお札が無くても出せるけどね」


 優輝が話していても、銀籠は口を開かない。

 地面に置かれた優輝の所有物と、彼自身を交互に見ては、眉を顰め首を傾げる。


「ん-、後は何をすれば話してくれるかな」


 両手を上げたまま空を見上げる優輝に、銀籠はまだ震えてはいるものの、声を出すくらいには落ち着くことが出来たため、震える唇を動かした。


「な、何故ぬしは、そこまでして、我と、話したがるのだ」

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