第4話 「「我々は何があっても跡継ぎになんてなりません」」

 銀籠は最初と比べるとだいぶ落ち着いてきたため、今は腕二本分くらい距離を離し、銀達と陰陽師達で顔を見合せ座っていた。


「では、跡取りの件だが。銀、お前の場合は直感で選んでもらった方が良い、選べ」


「そんな無茶なぁ……。ワシは二人とは初対面、何もわからない状態なんじゃぞ? 直感もくそもあるか」


 腕を組み銀と老人が話している中、神楽は優輝に先ほどの事を小さな声で聞いていた。


『優輝、なんで人狼の息子君にあんなことしたの? 引き寄せられたとか言っていたみたいだけど?』


『引き寄せられたのはほんと。近くで見ると、本当に綺麗でさ。涙を浮かべている姿は儚くて、本当にあやかしかどうか疑うレベル。小動物みたいで本当に可愛かったよ』


 優輝が表情一つ変えずに言いきられ、神楽はきょとんと目を丸くする。


 開成と銀の会話に入らず傍観している銀籠を見るが、優輝が言っている意味が理解出来ない。


 不思議に思いながら、「フーン」と興味なさげに返事をした。


『珍しいわね。貴方がそんなことを言うなんて…………』


『なんで?』


『だって、今まで色んな女子から告白されていたよね? みんな、一刀両断していたみたいだけど』


『名前すら知らない人に告白されても、特になんとも思わないからね。逆に、期待させてしまう言葉よりはっきりと言った方が良くない?』


『これだから裏で貴方”無情王子”って言われるのよ。それでも人気があるのは不思議だけど…………』


 優輝の感覚がわからないと神楽は首を傾げ、再度銀の隣に座る銀籠を見る。

 正座をして銀と開成の会話を切っている彼だが、目は死んでいた。


 それもそのはず。

 二人の会話は、まるで子供。


 銀はケラケラと笑い、開成は呆れている。

 話しが進まず平行線。呆れたような顔を浮かべていても仕方がない。


 神楽がじぃっと見ていると、視線に気づき銀籠が顔を向けた。


「あっ」

「ひっ!?」


 神楽と目が合ってしまい、銀籠は顔を青くし、銀の袖を掴み視線を逸らす。

 銀はすぐ、安心させるように彼の頭を撫でてあげた。


「おっ? 大丈夫じゃぞぉ」


 今回は一瞬目が合っただけなため、銀籠はすぐに落ち着き、銀は開成との会話を進めた。


 優輝が怒ったように神楽の腕を突き、唇を尖らせる。


「怯えさせないでよ」


「お、怯えさせたかったわけじゃ…………」


 息を吐き、今度は優輝が銀籠を見る。

 今だ怯えている銀籠は、銀の後ろに隠れようと四苦八苦していた。


 その様子がまるで、親に甘える小動物。

 優輝の目には、見えないはずの垂れている耳としっぽが映り、思わずくすっと笑ってしまった。


「…………可愛い」


「それは私も思うけど、貴方が言うと、なんか駄目な気がする」


「え、なにそれ。差別じゃん」


「区別よ!! 言いがかりはやめて!」


 そんな話をしていると、銀籠が我慢の限界というように銀の耳に口を寄せた。


「――――ふむふむ、なるほど」


 銀にしか聞こえない小さな声で何かを伝えている。


 全て伝え終わった銀籠は、すぐに銀の後ろに体を隠してしまった。


「どうした」


「銀籠からの提案じゃ。まずは二人が当主になったらやりたい事や、何を目標にしているのかを聞いてみたらどうじゃ、ということじゃ」


 銀が優輝と神楽を見ながら問いかけると、二人はお互い顔を見合せ正座をし直す。

 タイミングを見て息を吸い、同時に口を開いた。


「「我々は何があっても、跡継ぎになんてなりません」」


「――――――ん?」


「はぁぁぁぁぁあああ。これが、一番厄介なのだ」


 二人が言ったのは、跡継ぎ放棄。

 絶対に当主になんぞならないと言った意思表示だった。


 これには銀と銀籠も唖然。

 どういうことかと開成を見るが、頭を抱え項垂れるのみ。


「えぇっと、まずは神楽とやら。なぜ、当主になりたくないんじゃ?」


「責任を持ちたくないからです」


「…………次に、優輝とやらは?」


「めんどくさいから」


 二人の返答に、銀は再度開成を見た。


「これは、無理だと思うのじゃが? 他の者も視野に入れて考えた方が良いぞ」


「それも視野に入れている。だが、二人の実力が今までの当主達を上回るほど高いのだ」


 頭を抱えながら、開成は重い口を開き銀に説明した。


「それがわかっている為、周りの者は皆口を揃えて『優輝様と神楽様の実力じゃなければ当主になどなれません! 絶対にお二人になっていただきたい!』と言うのだ。これをどうにかして欲しく、銀、お前に今回聞いている。どうか、二人のどちらかでもよい。説得してもらえないか?」


 縋るような瞳を向けられ、銀は顔を引きつらせる。


「……無理じゃよ。洗脳しか我は出来ぬ。じゃが、それは嫌じゃろう?」


「当たり前だ」


「なら、ワシに出来る事はない。諦めるんじゃな」


「ぐぬぬぬぬ…………」


 悔しそうに顔を歪め、拳を握る開成。


 何とかしてあげたい気持ちはあるが、こればっかりはどうする事も出来ないと諦め、銀はその場から立ち上がろうと腰を浮かせた。


 もう帰れる、そう思った銀籠も嬉々として立ち上がろうとしたが、それを優輝が止めてしまい絶望。目線だけを彼へ向けた。


「あの、どこの森に住んでいるんですか? また来てくれますか? もっとお話ししたいです」


 優輝の言葉に、銀籠の表情はみるみるうちに青くなる。

 助けを求めるように銀を見たが、それは逆効果だった。


「……おぉ、これは珍しいのぉ。住んでおるのは、ここから北にある森じゃぞ。人があまり近寄らんから良いのじゃ。またお話がしたいのなら。我らがここに出向こうぞ。なぁ? 銀籠」


 助けを求めたはずなのに裏切られてしまい、銀籠はなんとか言い返したくとも言葉が出ず、口を金魚のようにパクパクするのみ。


 それでも何とか意思だけでも伝えなければと、首を横に振る。


 もう、人と会いたくないという気持ちが全面に出ており、銀は苦笑い。

 息を吐き、優輝に振り向いた。


「月に一回、会えるかどうかわからぬが、それでも良いか?」


「はい、会えるのなら」


「そうか、ならいつとは言わぬが会う事は約束しよう」


「…………あの、俺が会いに行ってもいいですか?」


「それは構わぬぞ、いつでも歓迎する」


 銀がケラケラと言うと、銀籠は顔をさらに真っ青にして口をわなわなと震わせた。



 その後は陰陽寮を後にし、銀と銀籠は自分達が住む森に帰った。

 開成は呆れたように息を吐き、神楽はやれやれと部屋に戻る。


 優輝だけ、二人の背中が見えなくなるまで出入口に立っており、見つめていた。


「優輝ー、早くコラボしようよぉ! 早くガチャをするための石を溜めないとー!」


「…………わかった。今、戻るよ」


 二人の背中が完全に見えなくなると、優輝は振り返り屋敷の中に入って行った。


 その口元の端は微かに上がり、頬は赤く染まっている。


「明日、学校帰りに会いに行こっと」

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