第3話 「俺の名前は」
部屋の中にいた二人は、襖が開かれたことに気づいておらず、今だスマホを握りしめ言い争っていた。
「それ! 私に頂戴!! 三千円あげるから!」
「送る手段がないから無理だね。あ、でも三千円は欲しいから頂戴」
「見返りがないのなら渡さないわよ!」
「最近、姉さんは課金で三万も使ったからね。さすがに無駄なお金は使えないかぁ。俺は無課金でゲットしたけど」
「キィィィイイイ!!!」
────何を見せられているんだ、これ。
優輝と呼ばれた男性は、真顔で姉さんと呼んだ女性を挑発。
悔しそうにスマホをブンブンとぶん回し、女性は喚き散らしていた。
襖を開けた瞬間に入ってきた情報量の多さに開成は頭を抱え、銀と銀籠は開いた口が塞がらずポカンと立ち尽くす。
「はぁぁぁああ。何をしているのだ優輝、神楽。スマホゲームはしないで待っていろと言っただろうが!!!」
「げっ」
「あっ」
女性の名前は神楽という名前で、男性は優輝。
神楽は開成を確認すると、顔を歪め嫌そうな顔を浮かべる。
優輝も無表情で開成を確認、何事もなかったかのようにスマホをポケットの中に入れ降参というように両手を上げた。
「俺は何もしていません、何も持っていません」
「あっ、ずるい!! おじいちゃん! 優輝も私と同じでさっきまで普通にゲームしてました! 私だけではありません!!」
「はぁ…………」
開成は二人の言い分に、再度深いため息を吐き項垂れる。
苦笑を浮かべながら銀は開成の隣に移動し、肩に手を置いた。
「大丈夫か?」
「それはどういう意味で聞いている、銀よ……」
「様々な意味で聞いておる。大丈夫か?」
哀れむような瞳を浮かべている銀の視線から逃げるように、開成は言い訳を繰り返している二人へ近づき、スマホを取り上げ頭にげんこつを落とした。
「いったい!!! こんのくそくじじぃ!!」
「誰がくそじじぃだ!! 言う事を聞かないお前らが悪いのだろう!」
「現代高校生二人がスマホをいじらないで何をするのよ!! 今はスマホの時代、ゲームの時代! じじぃみたいに毎朝新聞を見たり盆栽をいじったりなんてしてられないのよ!!」
「人を待っている間だけでもスマホを我慢しろと言っているんだ!! 少しの時間だろう、我慢する事を努力しろ!」
「むーりー!!!」
神楽が開成と口喧嘩している時、優輝は頭を摩り痛みを逃がしていた。
「いてて……?」
その時、銀と銀籠の二人が視界に入る。
ケラケラと笑っている銀と、顔を青くしている銀籠。
何故か二人から目が離せなくなり見つめていると、優輝は何かに牽かれるように立ち上がり、言い争っている開成達の隙をつき銀達に近付いて行った。
「貴方達が話に聞いていた人狼ですか?」
「おっ、そうじゃ、ワシは銀。後ろにいるのがワシの息子である銀籠じゃ」
────陰陽師に自己紹介など必要ないだろう、父上。
素直に伝えた銀に、銀籠は眉を顰める頭を悩ませる。
そんな彼の心境など気にせず、肩越しに後ろを見た。
「おい、銀籠。怖いのはわかるが、挨拶だけでも頑張ってはみぬか? 無理そうならしなくても良いが……」
優しく声をかけるが、隠れて出てこようとしない。
銀の服を掴む手は震えており、呼吸が荒い。
これ以上無理をさせてしまえば呼吸困難になってしまうかもしれないと、銀は優輝に距離を置くようにお願いした。
「悪いな、こやつは人という種族に苦手意識を持っておるのじゃ。あまり近寄らんでもらえると助かる」
「トラウマを植え付けられたとは聞いていましたが、まさかここまでだったなんて……。あの、顔だけでも見ては駄目ですか?」
遠目ではなく、もっと近くで見たくなり優輝が銀に聞くと、銀籠の肩が跳びあがる。
見せてあげたいという銀の想いもあるが、銀籠の様子も気になる為、頷くことに躊躇してしまう。
「うーん」と悩んでいると、返答を待たずに優輝がゆっくりと、銀の背中に周り銀籠の顔を見ようと覗き込んだ。
「ひっ!?」
銀籠は、顔を覗かせてきた優輝を見て小さな悲鳴を上げ顔を真っ青にした。
銀色の髪に銀色の瞳。
目には透明な涙が浮かび、震える手は縋るように銀の服を掴んでいる。
肌は透き通るように白く、触れてしまえば直ぐに消えてしまいそうな儚さがあった。
ここまで美しく儚い生き物が存在するなんて考えてもいなかった。
優輝は目を輝かせ、小動物のようにプルプルと震えている銀籠から目を離せない。
何故、優輝が見て来るのか、何故何も言わないのか。
銀籠は困惑と焦り、恐怖などで精神的に限界が来てしまい、とうとう目の縁に溜まっていた涙が零れ落ちてしまった。
後ろに下がり距離を離れたいと思うも、体に力が入らず動くことが出来ない。
体を小刻みに震わせている銀籠を見つめていると、やっと気づいた開成が優輝の首根っこを掴み、無理やり離させた。
「何をしている優輝!! 人間恐怖症なんだと事前に話していただろうが!」
「トラウマを植え付けられたとは聞いていたけど、人間恐怖症とまでは聞いてない」
「そうだとしても!! なぜ近付く!!」
「引き寄せられた」
「意味の分からんことを言うでない!」
やっと自身から優輝が離れたため、銀籠は胸をなでおろし安堵の息を吐く。
おずおずと銀の背中から顔だけ出して彼を見ると、まだ銀籠から目を離しておらず目が合ってしまった。
肩を大きく震わせ、すぐに視線から逃げるように銀の背中に隠れる。
逃げてしまった銀籠から目を離さず顎に手を当て、開成の手を払い、またしても銀籠へと近づいてしまった。
「なっ! おい!!」
開成の制止を聞かず、優輝は腕を伸ばさなければ届かない距離で立ち止まり、首をコテンと傾げ問いかける。
「ねぇ、この距離なら大丈夫?」
優輝の考えていることはわからないが、今のままでは銀籠に負担を与えてしまう。
開成は今以上に余計な事をさせないため、優輝の首根っこを掴み離させようとするが、何故かそれを銀が手を上げ止めた。
「少し、様子を見よう」
開成を止めた銀は、ちらっと後ろに隠れている銀籠を見る。
次に距離を測っている優輝を見て、安心したようにまた開成に目線を戻した。
親である銀が、銀籠を苦しめている優輝の行動を容認している為、開成は何も言えず見届けるしか出来なくなってしまった。
優輝はもう目の前にいる銀籠しか目に入っておらず、銀と開成の会話は耳に入っていない。
銀籠も狼狽し、二人の会話は聞こえていない。
優輝しか目に映っておらず、逃げ出したい一心で後ろにズルズル下がる。
この距離でも駄目かと、優輝も一歩後ろに下がった。
「なら、この距離はどう?」
今度はお互いが一歩離れた状態なため、腕二本分以上離れた距離。
その時、もう一度優輝が問いかけた。
なぜ、ここまでして自分と話したがるのかわからない銀籠は、あわあわと救いを求めるように銀を見上げた。
「────ふっ。銀籠よ、優しい人間がここには集まっておる。すぐでなくて良い、少しずつでも慣れていけばよい」
にこっと笑いかけると、銀籠は眉を下げ銀から目を離し、腕を下ろし何もしようとしない優輝を見る。
じぃっと監視するように見つめられている優輝は、安心させるように笑みを浮かべ、右手を差し出した。
「俺の名前は
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