第46話 「もう幸せだから問題はない」

 陰陽寮の中に入り、部屋に案内する時、銀籠は優輝と共に一番後ろを歩いていた。

 開成達以外に陰陽師達はいない。予め人払いをしてくれていたのがわかる。


「それにしても、優輝が言った事とは言え、人間恐怖症の半妖さんがよく、人間が集まる陰陽寮で住むことを了承したわね。まさか、強制したんじゃ……」

「それはないと思うわよ。おそらく、優輝が言ったから銀籠さんは大丈夫と信じ、ここまで来てくれたんじゃないかしら。他の人だったらおそらくここまでは来ていない。たとえ、銀様だったとしても」


 開成と共に前を歩く銀に視線を向けると、肩越しに振り向きニコッと笑った。


「確かにそうかもしれぬなぁ。わしが言っても無駄ではあったじゃろう。心配が勝って、絶対に了承はしなかったじゃろうな」

「やはり、そうなのね。優輝はすごいわ。まだ気持ち的には寂しい部分もありますが、優輝のあそこまで幸せそうな顔を見れただけでも、諦めがつき、気持ちが落ち着くわね」


 夕凪の言葉に神楽はちらっと後ろを向く。

 そこには、銀籠の気を紛らわせようと楽しい話をして笑い合っている二人の姿。


 まだ、夕凪は優輝に気持ちが残っている為、少し悲し気な目を浮かべるが、同時に喜んでもいる。

 彼女の表情を見た神楽は、何とも複雑そうな感情が心に根付いており、胸がきゅうっと締め付けられる。


 好きな人が好きな人を諦めたという事は、自分の事を見てくれるかもしれない。

 悪魔のような考えも頭の片隅に浮かぶが、それとこれとでは話は別。


 神楽は、好きな人が幸せになれば、自分の事なんてどうでもいい。

 好きな人が幸せなのが、自分の幸せ。だから、現状は神楽にとって複雑でもあった。


 すぐに受け入れられるものではない。

 そのため、今は今日を持って銀籠と優輝とは距離を取って生活しようかなとも考えていた。

 だが、それを察しているのか、夕凪は隣を歩く神楽を横目で見て目を伏せる。


 二人の微妙な空気が前を歩く二人に流れ、開成と銀は腕を組み頭を悩ませた。


「一つ解決すれば、またもう一つの問題が浮上する。まったく、若いもんは忙しいのぉ」

「まったくだ。今回の件は、大人であるわしらは傍観するしかない。若いもんに頑張ってもらおう」

「そうじゃなぁ」


 ため息を吐きながらそんな話をしていると、部屋へたどり着いた。


 襖を開けると、二十畳くらいの広さの畳部屋。

 テレビが壁側に置かれ、中心には丸テーブル、座椅子が二つ置かれている。

 奥には窓があり、布団が二組分畳まれていた。


「ここでこれから生活してくれると助かる」

「ここって、客間か何かを使わせてもらえるという事かのぉ?」

「そうだ。客間はまだ他にもあるから気にせんで良い。あと、食事や風呂などはどうする?」

「食事は部屋で食えるのがベストじゃのぉ。風呂は、一番最後に入っても良いか? わしは普段狼姿で過ごしておる、風呂も人の姿より狼姿で入りたい。そうなると、最後が良かろう」

「そうか、わかった。では、そのように伝えておこう」

「助かる」

「それじゃ。あとは優輝、任せたぞ」


 軽い説明が終わると、開成は優輝にすべてを任せ、夕凪と神楽を連れてその場から姿を消した。

 残された三人は、優輝が率先して中へと促し入る。中心にあるテーブルを囲い、座った。

 銀は一番楽な狼姿に戻り、一息つく。


「まさか、本当に陰陽寮で暮らすことになるとは思わなかったな」

「でも、これからは寒さや食料について気にしなくていいんだよ? 楽でしょ?」

「そうだが…………」


 ここまで色々してくれるのは嬉しいが、逆に自分達は何も出来ていない。

 ここまで甘えてもいいのだろうかと考えてしまった。


 銀籠の考えていることは優輝と銀はすぐわかり、顔を見合せ呆れたように肩を落とす。


「銀籠さん、これは俺が望んだことで、許してくれたのは九重家だよ。だから、気にしなくて大丈夫。それに、これからは俺のために毎日癒しを与えるという大事な任務があるんだから、これからがんばって」

「そ、それは何をすればいいのだ?」

「俺と話したり、俺と一緒に居てくれたり、俺の応援をしてくれたり。それだけで俺の気力は回復する」

「そ、それくらいなら出来るが、それだけでいいのか?」

「だけではなく、それが俺にとっての幸せなんだよ。今も、同じ空間に銀籠さんがいるだけで幸せなの。だから、気にしないで」


 銀籠の頭を撫で、笑みを浮かべ安心させる。

 優輝から感じる優しさと温もりで、銀籠は頬を染め嬉しそうに目を細めた。


「わかった。少しでも優輝が幸せを感じられるように頑張るぞ」

「銀籠さんも幸せを感じてね?」

「もう幸せだから問題はない」

「それならよかった。まぁ、欲を言えば、その先も考えてくれると嬉しいんだけどね」

「む? その先?」

「そうそう、恋人同士しか出来ない事とか」

「???」


 優輝の言葉がいまいち理解出来ていない銀籠は首を傾げている。

 そんな彼を見て、ニコニコと笑みを浮かべ続けている優輝はただただ頭をなでるだけ。


 優輝の言いたい事が瞬時に分かった銀は、呆れつつその場に伏せる。

 絶対に、何かが始まりそうになったら逃げ出そうと、心に誓いながら。

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