第47話 「我が、そうだったからな」

 銀籠はまだ人が怖いため、一日中部屋の中で過ごしていた。

 銀は時々開成と共に将棋を打ったり、昔の話に花を咲かせている。


 優輝と神楽は学校、夕凪は自身の陰陽寮でお仕事と神通力の維持のため修行の日々を過ごしていた。


 何もすることがない銀籠は、部屋の中で空を見上げる事しか出来ず、時間を持て余していた。


「むぅ……」


 こんな事をしている時でも、優輝は色々と頑張っている。

 自分のために色々してくれた優輝に、自分は何も出来ていない。

 甘えてばかりで、自分自身は何も行動を起こしていない。


 このままでいいのか? 何か、できることは無いのか。


 そのような事が頭の中をぐるぐる駆け回り、思わずため息を吐いてしまう。


「…………はぁ」


 考え込んでいると、襖の外に気配を感じた。


 銀は今、部屋にいない。戻って来たのかもと一瞬思ったが、気配が違う。

 確実に人。だが、優輝でもない。


 今まで森に行っていた時間を開成との修行に回している為、今銀籠の元に来ることはない。


 それじゃ、誰だ。

 何でここに来た?


 優輝を疑っているわけではないが、ここは陰陽寮。

 優輝達ではなく、違う陰陽師が銀籠を倒そうと来たんじゃないかと疑ってしまう。


 嫌な想像が頭を駆け回り、自然と逃げるように後ずさる。

 カタカタと体を震わせ、襖から目を離せない。


 銀籠の気持ちなどお構いなしに、襖の前に立った人は、勢いよく開いた。


 ――――ガラッ


「ひっ!?」

「っ、あ」


 襖を開いたのは、優輝の姉である神楽だった。


 体を震わせ壁側まで逃げている銀籠の姿を見て、気まずそうに目を逸らし頬をポリポリと掻く。


「えぇっと……。いきなり来てごめん。ちょっと、聞きたい事があったから来たんだけど、少しだけでも話せないかな……?」

「……………………あぁ」

「距離は詰めないから大丈夫だよ。貴方に何か危害を加えれば、優輝が怒り出すからね」


 襖を閉め、銀籠と離れ畳の上に座る。


「あまり慣れていない人と共にいたくはないでしょ? だから、すぐに本題に入らせてもらうわ」

「本題…………?」


 本題とは何だろうか。

 やはり、あやかしである自分が優輝と付き合うのは姉として嫌なのだろうか、共の空間にいるのは気持ち悪いのだろうか。


 どのような言葉をかけられても、自身の立場上しかたがない。

 そう考えるが、やはり怖いものは怖い。


 震えながら神楽の言葉を待っていると、想像していない言葉だったため唖然としてしまった。


「ねぇ、貴方は優輝に気持ちを伝えた時、どう思ったの?」

「…………え、伝えた時?」


 どういう意味で聞いているのか分からず、思わず聞き返してしまった。


「今まで、貴方は優輝の気持ちに答える事はなかった。なのに、狗神の件が終わるといきなり思いを伝えた。それって、最初から狗神の件が落ち着くまでは言わないと決めていたの? それか、他に何か考えがあったの?」


 神楽からの質問をまだ理解出来ず、首を傾げながら「えぇっと?」と考える。

 鋭く光る瞳でジィっと見つめられ、銀籠はたじたじ。

 何とか言葉を探し、絞り出した。


「えっと、優輝の気持ちに答えたくなった…………から…………」

「吊り橋効果ってやつ?」

「まぁ、似た作用はあるかもしれぬが、それだけではないぞ」

「そうなの?」

「うむ。優輝は人間だ、それでいて陰陽師。我みたいなあやかしと共に生活は、優輝の立場が危うくなる。だから、今まで答えたくとも答えられなかったのだ。だが、そう考えている時点で、我はもう優輝に溺れていると、そう分かってしまったのだ」


 姿勢を正し、正座。

 考えながら考えながら、過去を思い出しながら銀籠は言葉を紡ぐ。


「まさか、恐怖の対象の優輝の事を考え、自分が優輝と共に居ては駄目なのではないかと悩み、優輝が我のために森へ来てくれている事に喜びを感じるなど。これが自然と考えられるようになり。これを恋と言わずに、なんと言うのか。――――優輝の強い思いに、我はすっかり完敗したのだ」


 優輝を思い出すだけで、銀籠の口元には笑みが浮かび、目は優し気に細められる。


 今みたいな表情をさせているのは、優輝ただ一人。

 優輝しか、銀籠に今のような表情を浮かべさせることが出来ない。


 神楽は銀籠の表情を見て、羨ましそうに目を伏せた。


「私も、優輝と同じことをすればいいのかな……」


 ボソリと呟かれた言葉は、銀籠の耳に届きキョトンと目を丸くした。


「なんだ? 好いている者でもおるのか?」

「…………銀籠さんって、本当に鈍感だよね。だから、無意識に人を傷つけているんだよ」

「っ?! む、す、すまぬ! そ、そんなつもりはなくてだなっ……」


 慌てたように謝り、銀籠は体を小さくする。

 彼のそんな姿を見て、神楽はやっと、笑った。


「冗談だよ。それより、これで最後にするから、質問に答えてもらってもいい?」

「な、なんだ?」

「相手が自分のことをなんとも思っていなくても、優輝のように毎日毎日頑張れば、振り向いてくれると思う?」


 胸に手を持っていき、神楽は銀籠に聞いた。

 その質問に対し、銀籠は腕を組み真剣に考え込む。


「むー。我は、そのような質問に答えられる材料を持ち合わせておらん。すまぬが、答えることは出来ぬ」

「だよね……」


 やっぱりかと、神楽は肩を落とす。

 彼女の様子を見て銀籠は視線を落とし、組んでいた手を正座をしている自身の膝の上に置いた。


「…………我は、そのような相談、されたことや聞いたことがない。だから、答えることは出来ん。だが、これだけは伝えようと思う」


 銀籠の言葉に、伏せた目をチラッと上げ、神楽は言葉を待った。


「我は、人間が嫌いだった。絶対に裏切る、我らの命を狩ろうとする。そう思いながら過ごしていた。だから、優輝はゼロより、マイナスからのスタートだったはずだ。大変だっただろう、辛い事をしてしまっていたであろう。それでも、優輝は諦めずに我を一番に考え行動し、言葉をかけてくれていた」


 最初の頃を思い出し、銀籠は微笑みながら語る。


「必ず、なんて言葉は信じない方が良い。だが、人の思いはあやかし相手にでも通じる。届けることができる、これだけはわかって欲しい。ぬしの相手がどなたかは知らぬが、自身の気持ちを素直に伝え続けると、相手も考えてくれるかもしれぬぞ。我が、そうだったからな」


「あはは」と、照れながら言う銀籠の表情は、本当に幸せそうに感じる。

 目の前に座っている神楽でさえ、その幸せな空気は感じとることができ、暗かった視界がキラキラと輝いた。


 自然と笑みが浮かび、頬は赤く染る。


「気持ちを伝え続ければ──か。うん、わかった。ありがとう、銀籠さん。あと、今まで冷たい態度をとってしまってごめんなさい。勝手に嫉妬して、勝手に怒っていただけなの」

「そうか、それならっ――ん? 冷たい態度? 取っていたか?」


 神楽は、銀籠の疑問に口を大きく開け笑うと、涙を吹き立ち上がった。


「こっちの話。本当に、ありがとう。あと、もし時間を持て余していたら教えて。距離を詰めなくてもできるゲームを教えてあげる」


 ケラケラと笑い、どこかスッキリしたような顔を浮かべ神楽は部屋から出て行った。


 残された銀籠は眉を顰め、よく分からないと言うような表情を浮かべながら襖を見続けていた。


「な、なんだったのだ……?」

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