第7話 「……また来るね。明日、森にいる?」

「あ、見つけた」


「っ!?」


 森の中で、銀籠は薪を抱え歩いていると、優輝が木の影から姿を現した。


 今日は手に何も持っていない。

 平日なため、学校はあるはず。


 優輝は一度、屋敷に戻って荷物を置き、すぐに森へと向かっていた。


「この距離だったら大丈夫かな」


 優輝は銀籠との距離を測りつつ近づき、五歩くらいの距離で立ち止まる。


 まさか、本当に来るなんて。

 銀籠が困惑と焦りで固まっていると、優輝が首を傾げた。


「昨日、また来ると言ったと思うんだけど、なんで驚いているの?」


「…………本当に来るなんて、思ってはいなかった」


 正直に伝えると、優輝は「うーん」と小首を傾げた。


「君に嘘を吐く人だと思われていたのか、俺。でも、そっか。まだ、仕方がないね。昨日今日会って間のないし、疑われてもしかたがない」


 一人で考え、一人で納得している優輝に、銀籠は眉を顰める。


「でも、安心して。俺はじじぃにしか嘘吐かないよ。修行をさぼる時とか」


「…………ん? いや、それは駄目だろう」


「いいの。だって、当主になんてならないんだからさ」


 欠伸を零し涙をふく優輝に、銀籠は肩を竦め目線をそらす。


「眠い中、わざわざ来なくても良い」


「何を言っているの? 眠くても空腹でも死にそうでも、約束を守らないといけないから来るよ」


「本当に来るでない!!!」


 優輝が何を思って来ているのか全く理解できない銀籠は、恐怖より困惑が勝り、今は普通に話せていた。


 自身がいつものように話せていることに気づいていない銀籠は、鼻息荒く威嚇。

 その表情すら優輝にとっては可愛く見え、ほっこりと和んでいた。


「ねぇ、もっと近づいたら駄目?」


「っ!? な、何をする気だ!」


 ばっと、後ろへ咄嗟に下がり警戒を高める。

 彼の様子に優輝は慌てる事はせず、首を横に振り何もしないと両手を上げた。


「もう少し近くで銀籠さんを見たいだけ。何もしないよ、本当」


「見たいだけ? それに何の意味があるのだ」


「意味? 意味はあるよ」


 当たり前のように言う優輝に、銀籠は戸惑いつつ、顔を引きつらせながら腕を組む。


 自分に会うことで、近づくことで意味があるとは一体どういう事だろうか。

 もんもんと考えるが、結局何もわからず銀籠は首を振り優輝を見た。


「わからない? 俺が銀籠さんに会う理由」


「…………わからぬ」


「そっかぁ。なら、直接言おうかな。俺は、銀籠さんに一目ぼれしてしまった。だから、君に会うことで、俺は幸せを手に入れることができる。だから、毎日会いたいんだ」


 何も隠さず言い切った優輝に、銀籠は目を丸くする。

 パクパクと口を鯉のように動かすが、声にはならない。


「…………はい?」


「え、これでもわからなかった? んとねぇ。初めて会った時、君の我慢する顔や怯えている表情。涙を浮かべ、父親に縋る君の姿に心打たれて、俺は君にっ――……」


「待て待て待て!!! それ以上は何も言わんでいい!! 言わないでくれ!!」


 真っ赤になった顔を隠し、必死に優輝の言葉を止めた銀籠。

 流石に嫌だったかなと、すぐに言葉を止め、チラッと見た。


「やっぱり、気持ち悪かった? 男にそんなこと言われるのって嫌だよねぇ、同性だし」


「い、いや。そういうわけでは、その、ないのだが……」


「え、そうなの? あぁ、俺みたいな人間にそういう感情持たれるのが嫌ということか」


 今の銀籠の態度を分析。

 そんな優輝に、銀籠は赤くなってしまった顔を隠すように手で押さえ、気持ちを落ち着かせるため深呼吸をした。


「…………ぬし、それはわざとなのか?」


 眉を顰めながら、赤い顔を隠しつつ問いかける。


 顔が赤く、必死になって問いかけている銀籠から優輝は目を離す事が出来ない。


「むっ。図星を突かれて言葉をつまらせたか? やはり、人間は油断ならぬ。我々あやかしを馬鹿にし、無害だったとしても殺そうとしてくる。ぬしも、そのようなことを言って、我々を油断させ、懐に入ったところで殺そうと企んでいるのだろう」


 何も言わない優輝を怪しみ、銀籠は鼻を鳴らし言い切った。だが、優輝は焦ることなく、企んでいないことを伝えた。


「…………あ、いや。何も企んではいないよ、これは本当。何も言えなかったのは、銀籠さんが綺麗な顔で俺を見つめてくるからであって、何か企んでいたわけではないよ」


「──きっ!? な、そ、そのような言葉でごまかせると思うでないぞ!」


「誤魔化そうとしているんじゃなくて、本心。見惚れてしまっていただけ」


 表情一つ変わらないため、優輝の言葉が本当なのかどうなのかわからない。

 だが、口調はふざけているものではないと感じられ、それに対しても銀籠は戸惑った。


「……また来るね。明日、森にいる?」


「い、いるが…………」


「なら、また明日同じ時間に来るね。疑っているならそれでも大丈夫。必ず信じ込ませて、俺のものにするから。もちろん、式神とかではなく、恋人としてだからね。同性同士の恋愛に偏見を持っていなくてよかったよ。これからが楽しみだ」


 目を細め微笑むと、振り向きその場を去ろうとした。


 だが、このまま去ってしまえば銀籠の心にあるもやもやが膨らみ、解決できない。

 そう思い、銀籠は咄嗟に手を伸ばし呼び止めた。


「っ!? ま、待て!」


「? 君が言うならいくらでも待つよ。なに?」


 直ぐに足を止め、優輝は振り返る。

 まさか、本当に止まるとは思っておらず、今度は銀籠が言葉を詰まらせた。


「っ! い、いや……。まさか、本当に足を止めてくれるとは思っていなかった……」


 咄嗟に止めてしまったため、銀籠は言葉をまとめられていない。

 目線をさ迷わせ、必死に言葉を探した。


 呼び止めたにも関わらず、何も言わない銀籠に呆れることなく、優輝は彼の言葉が見つかるのを待ち続ける。


 そんな時も、目線はずっと必死に考えている銀籠に向けられていた。


「えっと、えっと…………」


 待たせてしまっていることに焦り始めてしまい、止めてしまったこと後悔し始めた時、銀籠の後ろから一匹の狼が姿を現した。

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