04:失意

まぶたを通して光を感じた。


右半身は固い地面に置かれ、あれから朝日が昇るまで気絶していたことを理解する。


それと同時に、胸元をまさぐられていることに気が付く。


体をゆっくり起こしながら、目を開く。




目の前には、驚いて伸ばしていた腕を引っ込めている浮浪者がいた。




心配して起こしてくれたのかな?と思ってが、男が手に持っている物を見て、意識がはっきりする。




「あっ、俺の金!」




俺の叫びと共に、男は一目散に逃げていった。


急いで追いかけようとしたが、体が思うように動かない。


立ち上がることに失敗して、膝をつく。




茂みに潜った男の姿はもう見えない。




唖然とした。


念のため、胸元を手で確認してみるが、やはり俺の全財産は奪われていった。




「な…なんだよ…それ…」




すでに何も持っていない人間なのに、まだ転げ落ちるのか、俺は?




もう、なんの感情も沸いてこない。




まぶしい朝日が俺の生気を溶かし、さわやかな風がそれをふき流していく。




「…死のう」




俺はボロボロの体を起こし、家とは正反対にある山へと向かっていった。




ホオジ山。


とても大きく山で、モンスターも多く、普段はふもとにさえ近づかない。


けれど、この山を越えれば王都への最短ルートになる。


唯一、何十年もかけて作り上げられた道があり、日が落ちる前に馬車でかけ抜ける事ができるのだが、それができるのは貴族か商人くらい。




故に、貧困層にはこんなくだらない話がある。




どうせ死ぬなら、イチかバチか、ホオジ山で一攫千金を狙う。




広大で危険な山だから、稀に荷物や馬車を失った者や、亡くなった者が出る。


それを見つけて金を得るも良し、そのまま自然に帰るも良し。


追い詰められた人間が辿り着く、命がけのギャンブルというわけだ。




噂によれば、麻薬の原料が大量に生えているから、安らかに逝けるとかなんとか…。




「はっ、俺の『幸福な死』なんて、こんなもんさ」




途中までは道を進んでいたが、歩きやすそうな所を見つけると、俺は道をはずれた。


草木をかき分ける音だけが聞こえる。


俺は振り返ることなく、ただまっすぐに山の奥へと進んだ。




死のうとしているのに、辿り着いた方法がこれ。


結局俺は、そこらへんにいる負け組と同じ。


自分の死に場所さえ、自分で決めることができない。


作り話だとわかっていても、騙されているとわかっていても、心が楽な方へ流れてしまう。


もしかしたら本当かも、そんな風に自分を誤魔化してしまう。




たとえ金目のものが見つかたって、帰れないくせに。




…。


……。


………。




もうどのくらい歩いただろうか?


息は乱れて、足が痛くなってきたが、まだまだ歩けそうだ。


歳はとったが、立ち仕事だったからな、一応体力があるのかも。




空を見上げると、木々の隙間から太陽が見えた。


ちょうど真上くらいか?


午前中ずっと歩いていたことになる。




休みたいというより、喉が渇いたな。


そんなことをぼんやり考えていると、サラサラと川の音が聞こえてきた。




単純なもので、死のうとしている人間が、喉の渇きを潤すために嬉々として川へ向かっていく。




幅は20メートル、深さは最深で腰くらいのキレイな川だった。


流れが速い方だったので、渡るのは危険かもしれない。


俺は靴を脱ぎズボンを捲り上げると、川へ少しだけ入っていった。


ちょっと冷たすぎたが、疲れている足には気持ちよかったかもしれない。


ひとすくいして、川の水を飲む。




「…うまい」




いっそのこと、このままサバイバル生活もありかもしれない。


そんなことが頭をよぎる。




「なんてな、火もおこせない俺が、そんなことできるわけがない」




しかし、なんだろうな。


こうやって独り、大自然に囲まれていると、不思議と穏やかになっていく。


川の流れが耳に心地よい。




たしかにこのまま死ねるなら、悪くない。


俺はこの川を登っていくことにした。


このまま力尽きよう。




なんとかく遠くを見てみる。


すると、なにか流れてくるのが見えた。


それは船のように川を下ってくる。


形からして加工品。


だんだん近づいてくると、それが大きめなバスケットであることがわかった。




そして俺は驚愕する。


そのバスケットの中には、間違いなく赤ん坊が入っていた。




「はっ!?なんでこんな…」




可能性は一つ。馬車が橋の上で事故にあったんだ。


落石か、モンスターか。


原因はともかく、このままでは赤ん坊が危ない。




赤ん坊を受け止めるには、川の真ん中へ行かないといけないが、俺の位置からならギリギリ間に合うかもしれない。


俺は滑らないよう慎重に歩き、赤ん坊が流れ着くであろう場所へ向かい、両手でしっかりと受け止める。




綺麗でかわいい赤ん坊だった。


真っ白な布の覆われ、まさに貴族の子であった。


こんな状況でも、無邪気に指を咥えているところに、大物感さえ感じる。




「ったく、お前、大丈夫なのかよ…」




無垢な表情に、俺もつられて緊張感がとけていく。




靴の所へ戻りながら、これからどうするか考えた。


この子のことを考えると、死ぬのは延期にせざる負えない。


他人の子とはいえ、放っておくことはできないし。




「いつでも死ねるっちゃ、死ねるからな」




苦笑する。


まだ『幸福な死』ではないってか。




靴をはきながら、事件現場へ向かうか、街へ戻るかを考える。


街へ戻れれば一番安全だが保障がない。


確実に人に会えるのは川を登ることだが、場合によっては…。




だが、悠長に考えている余裕はなかった。


不吉な音が、こちらへ向かってくる。




二匹の肉食モンスターが、こちらへ走ってきていた。

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