03:修羅場に遭遇
俺はしばらく呆けていた。
まるで夢から覚めたような感覚だ。
おかけで、さっきまで纏っていた絶望感が拭い去られている。
幸福か。
何度も、あのばあさんが言っていたことを反復する。
そうだなー、美女に迫られたら幸せだろうな。
いったいどんな感じなのだろう?
キスはあろか、女性と手を繋いだことも無い童貞には、絵画から想像を膨らませることしかできない。
そんなことを考えながら、下半身に熱を感じていると、俺はある事を閃いた。
「この勢いで、風俗店に行ってみるか」
そうだ。お金があれば欲望を満たせるこのご時世、童貞のまま死ぬなんて、絶対に地縛霊になる。
この街は大きくはないが快楽街。
その手のお店がそれなりにあるし、有名な所もある。
いっそ、全額使っていい思いをするのも悪くないかもしれない。
なんたって、俺には『幸福な死』が約束されているからな。
俺はにやりを笑ってみる。
が、すぐに正気に戻ってしまった。
なんだよ、『幸福な死』って?
でも、童貞を捨てにいくのはありだな。
というか、高まってしまったこの欲望が、俺の背中を後押しする。
「とりあえず、店の前まで行ってみるか」
俺は路地裏をさらに奥へと進んだ。
方向的には、この道が一番近いはず。
気分が晴れたせいか、夜空を眺める余裕ができていた。
居心地は良くなかったが、静かな雰囲気に、少しわくわくしたりする。
俺はいったい、どんな娘と会えるのだろうか?
いいお店にいれば、希望を言えたりするのだろうか?
暗さにも慣れてきて、足取りが軽くなる。
「あっ、行き止まり」
道なりに進んでいくと、腰ほどの高さのフェンスと、それを超える茂みが立ちはだかった。
回り道できそうな所はなかった気がする。
感覚的には、お店まであと少しのはず。
疼く衝動のままに、おれはフェンスを越えた。
こんなやんちゃな真似、いつ以来だろうか。
ガサガサと音を立てて少し進むと、開けた場所に出た。
反対側の茂みから建物の光が見える。
もう少しだ。
ほっと一安心して、一歩前で出ようとする。
すると、ものすごい必死な様子で走る女性が横切った。
長い髪をなびかせて、薄着で裸足。
その非現実的なモノを見て、俺は固まっていると、続けて二人の男が追いかけてきた。
やばい!
俺は本能的にそう確信した。
あれは、マフィアだ。関わってはいけない。
俺は闇に紛れるように息を殺した。
それなりに距離があるし、じっとしていればやり過ごせる。
そうあってほしい。
祈りながら立ちすくんでいると、女性が勢いよく転倒してしまった。
痛みを無視するようにすぐに立ち上がり、再び走りだそうとするが、男の一人に髪を掴まれてしまう。
悲鳴が俺の耳に届く。
最悪の展開。恐怖で足が震える。あの女性の安否よりも、自分のことばかり考えてしまう。
男のドスの利いた声と共に、拳が女性に振り下ろされる。
ひどすぎる。
こんなことが、俺の知らない所で起こっていたのか?
暴れる女性を、男が二人がかりで抑え込む。
そして、一瞬動きが止まると、高く大きな悲鳴が上がった。
「助けて!!」
一人の男があたりを見渡し始める。
最悪なことに俺と目が合ってしまった。
体があまりの恐ろしさに跳ね上がる。
走って逃げればなんとかなりそうな距離だが、体が固まって動かない。
「お前、こんなところで何してんだ?」
目が合った男が俺に近づいてくる。
「な、なにもしてな…」
舌がおびえ切って回らない。
「ほぉ、ならいいか」
男はニッと笑った。
俺はその顔を見て、間抜けなことに一瞬安堵してしまった。
気が付いた時には、俺は地面に横たわり、頬骨がジンジンと痛んでくる。
「ひいっ」
恐怖と痛みで、俺は体を丸め、男に背を向ける。
男はそんな俺の髪を掴み、無理やり上体を起こすと、鼻が突きそうな距離まで顔を近づけてきた。
「すまんな、見られたからにはお前の目を潰さないといけない。運が悪かったな」
はっ?えっ?目を潰す?
男は後ろポケットからナイフのような何かを取り出す。
刃は無かったが、まるで俺の目を切るように押し当てられた。
あっ…あっ…。
「痛いのは最初だけってね」
そんな、ガラの悪い言葉と共に、ナイフは光り始める。
嫌だ。
眩しすぎる白と、熱すぎる赤。
危険信号が体中を駆け巡る。
「うわあああああぁぁ!」
俺は必死の思いでナイフを両手で掴んだ。
「あっ、てめぇ!」
男は俺に対抗して、さらに俺の目を押しつぶそうとする。
カチッ!
頭の中で、そんな音がした。
ナイフが、光と熱を失っていく。
「はっ?お前、何をし…」
そして、俺の両手に握られたナイフは、俺を引っ張るように男の方へ飛んだ。
ナイフは男の顔にヒットし、男は吹き飛ばされて倒れ、動かなくなった。
まるで、俺がダブルパンチで突き飛ばしたような形になっている。
あたりは静まり返り、風が茂みを揺らす。
我に返ったもう一人の男が、女性を離して、倒れている男へと駆け寄った。
意識がなくなっていることを確認すると、俺をにらみつける。
しかし、ゆっくりと倒れている男を担ぐと、俺に背を向けた。
「てめぇ、覚えたからな」
男たちは立ち去っていった。
俺は何が起こったのかわからず、ただただ座ったまま、男たちがいた所を眺めていた。
助かった?
男たちはすっかり姿を消していた。
女性は、まだ地面に倒れていたが、俺の方を見ていた。
助かったで、いいんだよな?
女性は立ち上がり、俺の方へ歩き始める。
殴られた所が赤く腫れていたが、ものすごい美人だった。
俺は、その人の声を聞くこともなく、意識を失ってしまった。
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