グッドラック~幸福な死が約束された冒険者~
正宗
第一章
01:運命の始まり
「はい、今月の給料ね」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げ、給料が入った封筒を両手で受ける。
顔を上げ、店長の顔を見るが、視線が合う事は無かった。
まるで家畜への餌やりだ。
もしかしたら、それ以下かもしれない。
怒鳴られたり馬鹿にされたりしたことは無い。
その代わり、褒められたり雑談をしたことも無い。
俺はこの人にとって…、いや、この世間にとって…。
「あぁ、そうだハリネ」
軽く会釈をしてその場を去ろうとすると、店長に呼び止められた。
「なんでしょうか?」
今日、初めて視線があった。
いつもの、物を見るような目。
「君、あー…えっと、なんて言ったらいいのか」
めずらしく言葉を選んでいる。
が、すぐに面倒くさくなった感じで、ぶっきらぼうにこう言ってきた。
「明日から来なくていいから」
「えっ!?」
お店が休みになった?…ってわけではなさそうだった。
俺の心臓が強く打ち始める。
「んー、わかるだろ?クビだよ」
「な、なんでですか?」
俺の問いに、店長はあからさまに嫌そうな顔をする。
「…わかるだろ?」
俺は頭が真っ白になった。
クビなんて困る。仕事は好きでもなんでもないが、今更そんな…。
「モンスターが増え続けているこのご時世。ついにうちにも影響が出始めたのさ」
「で、でも、なんで私なんでしょうか?」
店長は頭をかきながらため息をついた。
「そりゃ君が、一番無難だからだよ。40歳、独身、アルバイト。君以外に誰を切れというんだ?」
「それは、たしかにそうかもしれませんが…」
たしかにそうかもしれないが、でも、だからこそ、今ここでクビになるのは残酷すぎる。
俺はなんとかしがみつこうと考える。
「給料を減らすとか、日数を減らすかで、勘弁してもらえないでしょうか?」
しばらく沈黙した後、俺から出てきた言葉はこんなものであった。
情けなかった。
どれだけ考えても、自己アピールが出てこなかった。
心は勝手に諦め始めていて、目頭が熱くなり、あごが震えてくる。
「こんなこと、言いたくなかったが…」
店長はまっすぐ俺に向き直った。
「いい歳して、こんな状況に甘んじてきた君の自己責任じゃないのか?
若くて、有望で、家族がいる奴と、君を天秤にかけたら、そりゃこうなるだろ。
そんな君をクビにするのだって多少罪悪感があるんだ。
素直に、現実を受け入れてくれ」
店長は最後にそう言い残して、店の奥へと消えて行った。
俺はもう黙って出ていくしかできなかった。
夜の街をふらふらと歩く。
自己責任?
なんだよそれ?こんなことになっているのが俺のせいなのか?
俺は頑張っていただろ?
たしかに、店の人達とはうまく馴染めなかったし、仕事もできるわけではなかった。
でも、言われた事は全部ちゃんとやっていたじゃないか。
たまには失敗することもあったけれど、頭下げたり残業したりして挽回したじゃないか。
俺の変わりはいくらでもいるかもしれない。けれどそれって、俺でもいいってことじゃないのか?
年寄りは使いにくいか?独り身は無責任そうか?
それってただの偏見だろ。
ちゃんと、ちゃんと俺のことを見ていれば…。
「あぁ…」
自身を責める言葉と慰める言葉がぐるぐると頭を駆け回り、それは涙となって決壊した。
名前:ハリネ
性別:男性
年齢:40歳
婚歴:なし
冒険に関わる仕事がしたくて、実家を出て冒険支援大学に入学。
しかし、未開の地が急激に減ったことで、求人が皆無になり、卒業後はやむなく飲食店で働く。
しばらくは色々な所へ足を運び、就職先を探していたが、いつの間にかやめてしまった。
両親も亡くなり、そして今、仕事すら失った。
すべてを失ってしまった。
俺は立っているのもしんどくなり、身を隠すように路地裏へと歩き、壁にもたれかかった。
家に帰ったところで、待っているのは酒と、何度も読み返している冒険小説。
体がどんどん強張っていき、地面に座り込むと、体を丸めて、声を押し殺して泣いた。
空しい。
空しすぎる。
自分はどこで間違えたのか?
過去の出来事を必死に振り返る。
けれど、それはあっという間に終わってしまった。
俺には、思い出すら無かった。
夢と希望が詰まった冒険に携われば、俺も一緒に輝けると思ったんだ。
だから、冒険小説が大好きで何冊も買った。何度も読んだ。
だから、資格を取ろうと遊ばずに勉強もした。
だから、冒険一本で仕事を探していた。
なのに…なのに…。
俺はどのくらい座り込んでいるのだろう?
もう、生きていることすら、つらくなってきた。
涙も感情も涸れ、さ迷うように路地裏を歩き始める。
真っ暗で汚くて臭い道。
まるで俺の人生のようだった。
このままいっそ、力尽きてくれたら…。
そんなことを考えていると、目の前に小さな明かりが見えた。
それは変わったランタンで、丸テーブルに置かれている。
その横には、黒ずくめの老婆が小さく座っていた。
近づいていくと、テーブルには水晶が置いていることもわかった。
こんなところで占いか。
誰がこんな所で、あんなばあさんに頼むものか。
そんな事を思ったが、この時の俺はまだ知らない。
この占いの結果が、俺の人生に『幸福な死』を約束してくれることを。
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