02:占い師
俺は占い師を気にも留めていないふりをしながら歩き、声をかければ届く位置までやってきた。
遠くからではわからなかったが、服はおろか道具までボロボロで汚れている。
ばあさんの顔も生気があまり感じられない。
………。
このばあさんも、もしかしたら不幸な人生だったのかもしれない。
何もできず、何も得られず、しかたなく占いという形をとって、施しをもらって生きているだけなのかもしれない。
哀れだ。
俺はこれからの半生を、あんな風に生きて、そして独りさびしく死んでいくのか。
嫌だ。
そんなのあんまりじゃないか。
人生は平等じゃない。わかっている。
でも、ちょっとくらい取り柄があったっていいじゃないか。
今の俺にできること。
これから死ぬかもしれない俺がやれること。
俺は占い師の横で立ち止まった。
どうするんだ?
本当にやるのか?
占いの値段だって、今の俺には大切な財産だぞ?
そうだ。
死ぬとか考えているが、死にたいと思ったことなんて初めてじゃないじゃないか。
割と定期的に考えているじゃないか。
それで結局、酒を飲んで寝て、休日をベッドの上で過ごして、また仕事に行く。
その繰り返し。
待てよ。俺にはもう行く仕事がないじゃないか。
逆に考えれば働かなくていいわけだが、それもあっという間に終わるだろう。
そうなったら、俺はちゃんとまた仕事を得られるか?
それよりも、俺はちゃんと仕事を探し始められるか?
何かが脆く崩れるような感覚があった。
それは頭の中から落ちていき、下腹部のあたりに溜まっていく。
溜まってきた何かで気持ち悪くなり、膝がかすかに震えだす。
もう…やめよう。
こんな金があったって、俺はどうせろくな事に使えない。
ならせめて、見ず知らずの汚いばあさんに、ちょっとでもいい思いをさせてあげたって、バチは当たらないだろう。
俺は意を決して、占い師の席についた。
「…あぁ、いらっしゃい」
俺が椅子を引いた音で気が付いたばあさんが、あわてて顔を上げた。
もしかしたら、寝ていたのかもしれない。
「占い屋で、あってますか?」
「はい、そうです。何を占いましょうか?」
小さくてしゃがれた声だった。
俺なんかに遠慮した弱者の声。
「えっと、その前にいくらですか?」
「そうですね、すみません。10000ガルになります」
「えっ?10000!」
高い。まさか、そんな高額をふっかけてくるとは思っていなかった。
金持ち狙いだったのか?
でもそれなら、こんな所じゃ誰も通らない。
あまりの高さに、さっきの決意が吹き飛びそうになる。
もしかして、同情する必要なんてなかったのか?
ばあさんは一切悪びれることなく、俺をじっと見ている。
小さい小動物のような目だった。
「はぁ…」
座っておいてキャンセルできない肝っ玉の小ささ。
なにより、お年寄りの困っている姿を放っておけない中途半端なやさしさ。
それが俺だった。
「わかりました」
俺は封筒から10000ガルを取り出すと、ばあさんに渡した。
「はい、ありがとうございます」
ばあさんはそれをポケットにしまうと、水晶に両手をかざした。
「では、なにを占いましょうか?」
「あー…、そうだなー」
お金を落とすことだけを考えていたので、何も思いつかなかった。
どうするか?占いの定番といえばやっぱり。
「俺の、将来について占ってもらえますか?」
「わかりました」
ばあさんは返事をすると、目を少し大きく見開き、水晶をのぞき込む。
たまに小さく唸りながら、両手で水晶を撫でるように動かした。
それはまさに占い師の占いであった。
安い芝居に10000ガルも払うとは、やっぱり今日の俺はどうかしている。
黙って待つこと約5分。
ばあさんの動きが止まった。
「こ、これは…すごい…」
ばあさんはあまりの驚きに、思わず水晶を握り、中を凝視する。
ちょっとは様になってきたな。俺はそんな冷めたことを思った。
「どうだったんですか?」
一応興味を持っているように聞いてみる。
すると、今までの印象を打ち砕くように、ばあさんは大きな声で笑い始めた。
「わははははは!こんな運命、初めて見た。すごいぞ。これだから占いはやめられない!」
椅子を倒し、立ち上がりながらばあさんは高らかにそう言った。
俺は呆気にとられ、何も言えずにいる。
「おい、よく聞け」
ばあさんは勢いよく俺に向き直る。
おいおい、キャラが変わってないか?
俺は身を引いた。
「お前は、『幸福な死』が約束されている」
………。
「はっ?」
「すごいぞこれは。世界の理に加護されていると言ってもいい。こんなことがあっていいのか?
こんな運命を背負ったら、勇者でも魔王でも、なんにでもなれてしまうじゃないか。
いや、それどころか、歴史を作る、歴史を消すことだってできるかもしれない」
…いやいやいや。
迫真の演技は賞賛に値するが、いくらなんでも大げさ過ぎだ。
なんだよそれ。きっといい事がありますよ。くらいの方がまだ気分がいい。
さすがの俺もいら立ちを覚え、思わず言い返してしまう。
「あの、馬鹿にしているんですか?そんなの信じるわけないじゃないですか」
しかし、ばあさんの勢いは衰えず、俺の言葉に被せてくる。
「そうだろう。そうだろう。お前は何もしていない。それどころか、何も始めていない。
だから、加護が必要もない。最後の最後でちょっと手を加えるだけでいい。
あーなんて勿体ない。
美女が自ら肌を晒してお前に迫ってきているのに、怖気づいて逃げているようなものじゃ」
なんてはしたない例えなんだ。
「まぁ、例え逃げたとしても、美女がお前を逃がさないがな。わはは」
ばあさんは不気味に笑う。
「そ、そうですか…」
俺は早くここを立ち去りたくなっていた。
「そうじゃ。お前、少し頭を出せ」
ばあさんはそう言いながら、俺の額に手を伸ばす。
指先が少し触れると、一瞬高熱を感じた。
思わず後ろに飛び、地面に転がる。
「じゃあな。わしはたしかに『幸福な死』を告げたからな。
くれぐれもわしを失望させるなよ!」
ばあさんが意味のわからない忠告をすると、テーブルを中心に地面が淡く光り始める。
はっ?えっ?魔法?
そして、まばゆい光を放ち、俺の視界が真っ白になると、ばあさんの姿も、テーブルもなくなっていた。
あたりを見渡してみるが、誰もいない。
まさか魔法使いだったなんて。初めて見た。
家柄も遺伝も関係無い。
運命にのみ選ばれる存在。
それが魔法使い。
そんな魔法使いが言うのなら、ひょっとして、本当の事を言っていたのだろうか?
えーと、たしか、『幸福な死』が約束されている。
だっただろうか。
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