15:幸福な死

そして一週間後。


俺はホオジ山方面とは逆に位置する街の出入り口にいた。


これから一緒に旅をするフレンさんを待っている。




街の外を眺めていると、胸がドキドキしてきた。


今まではただの風景でしかなかったのに、これからは俺の世界になる。


これからロマン溢れる冒険が始まるのかと思うと、昨晩は寝付けなかったが、全然眠くない。




「今思えば、あの占いからすべてが始まった気がする」




『幸福な死』が約束されている。




あながち嘘じゃなかったかもなー。


何度も死にかけたのが不幸だったというよりは、その度に生き残った事が幸運だった気がする。




…というか。


最近の俺の人生、出来すぎてないか?


小説よりも奇なりというが、それでも気味悪く感じるくらい、うまくいきすぎている。




まるで、俺を生かすために。




よく考えてみろ。


ちょっと前は、何も持たない無職童貞の負け犬だったじゃないか。




それが今はどうだ?


Cランク冒険者、なんちゃって魔法使い、大手カンパニーがスポンサー、エッチな仲間。




ありえないだろ!


こんな事が現実にあるわけないだろ!


目を覚ませ!




俺は両手で頬を全力で叩く。


痛い。が、それがいい。




俺の中で『幸福な死』が現実味を帯びていく。




バーンウルフを倒すために、偶然、近くにカナカナ草が生えていた。


魔具を借りる事を思いつくために、偶然、サベさんが朝飯を奢ってくれた。


冒険者の真似事をするために、偶然、フレンさんと再会した。


オラウさんと知り合うために、偶然、事故と鉢合わせた。


赤ん坊を救うために、偶然、金を盗まれた。


魔具の存在を知るために、偶然、マフィアが盗んでいた。


フレンさんが俺に依頼をするために、偶然、マフィアに追われていた。


俺が風俗へ行くために、偶然、あの占い師は下品な例えを言った。




すべては、俺が生きる事に希望を持つために…。




もしかして、俺に魔力があったのも?


そうなると、一つの仮説が生まれる。




「もしかして、『幸福な死』以外では、俺は死なない?」




死ぬ寸前まではいくが、絶対に死なずにハッピーエンドを迎える。


それがどんなに困難であっても、命がかかっていれば世界が俺を加護してくれる。




もとより命をかけると決めた道。


それくらい前向きな思想があった方がいい。




「お待たせー」




フレンさんの声がする。


ホオジ山へ行った時と同じ冒険者の恰好をしている。




色気はがっつり減っているが、こっちの方が雰囲気がでるので今はよい。


そして可愛い。




「そっちも準備万端だね」




「そうだね。思い切って装備を一新したよ」




「いいなー。私はちょっと日銭が増えただけだよ。


どうやって稼いでいるの?」




「いやー、それは追々わかるかもしれないということで…」




「怪しい。しばらくは全部同行させてもらおうかな」




それはちょっとまずいな。


魔具については、世界中にあるゴーガンカンパニーから支援を受けられるようになっているのだが、フレンさんに付いて回られると立ち寄りづらい。


話題を変えてなくては。秘密は誰にだってあるもの。例えば…。




「そ、そうだ。前から聞いてフレンさんに聞いてみたかったんだけど」




「なに?」




「なんで、マフィアに追われていたの?」




「あー、あれ」




フレンさんは「えーと」と言いながら、人差し指を口元に置く。




「簡単に言うと、闇営業したら、それをネタに脅迫されたんで、一暴れして逃げたの。


最初はよかったんだけど、その日に限って人混みがすごかったり、道が塞がっていたり、散々だったのよ。あなたがちょうどいて、助かったわ」




も、もしかして、これも『幸福な死』が関係している?


もしそうだったら、フレンさんはさしずめ天使だな。ちょっと背徳感が強いけど。




「それじゃ、そろそろ行きましょうか。


向かうは、白竜の霧と帰らずの谷、ミノコバンパス。


Cランクのモンスター退治と、激レアアイテムのドラゴンアイを狙うわよ」




「帰らずの谷か…。いかにもな名前だね」




「それだけ人が行方不明になっているからね。でもご安心を。


たいていの調合師は、地理地形にも詳しいのです。もちろん私もその一人」




「頼もしい」




「私も頼りにしてるよ」




うれしいことを言ってくれる。




「では、出発!」




フレンさんが先陣を切る。




「あっ、ちょっと待って」




「ん?」




「こっちの方に移動するためにもらっ…、じゃなくて、用意した物があるんだ」




俺は街の出入り口からちょっと離れた所へ、フレンさんを連れていく。




そこにあったのは、馬車から上半分が切り取られ、その代わり高級ソファーが二人分置かれた謎の乗り物。馬が繫がれているべき場所には、こげ茶でごつごつした大きな球体が一つ。




「なに…これ…?」




フレンさんが、前衛的な芸術でも見ているかのような顔をしている。




「えーと、魔法を使った乗り物…かな。この馬車みたいなやつは知り合いに作ってもらって、俺の魔法で前についている球体を回して進むんだ」




わかりやすく説明したつもりだが、フレンさんの?マークは消えない。




「とりあえず、乗ってみて」




俺はドアを開け、フレンさんを乗せる。




「後ろは荷台になっているから、リュックとかを置いて」




荷台のドアを開け、荷物を詰めると、俺も乗り込む。




「じゃあ、いいかな?」




「ど、どうぞ」




エアライドの時と違い、ちょっと緊張しているように見えた。


いつもやられっぱなしなので、少しいたずら心が顔を出す。




「では」




カチッ




「アルマジロール」




球体がゆっくりと転がり始め、車体が前進し始める。




「動いた!」




フレンさんは身を乗り出して地面を見る。




「あ、あぶないよ」




肩に触れようとしたが、まだ童貞が残っていたようで、寸前で止まってしまう。




そんなことをしている間に、アルマジロールはどんどん加速していき、風が強くなっていく。


あっという間に馬の全速力ほどの速度に達する。


こんなに早く動いているのに、車体はまったく揺れていない。恐るべし、ゴーガンの技術力。




どうだ。心の中でドヤりながら、横目でフレンさんを見る。




「きゃー」




普通に楽しんでいた。




………。


まぁ、いいか。




こうして、遅咲き冒険者ハリネの旅が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る