11:俺は魔法使い

「なんで舗装された道を使わないの?」




俺が歩き始めた方向が馬車道でないことに、フレンさんは疑問を持った。




「探している薬草は、川沿いに生えている可能性が高いんだよね?


なら、こっちからの方が探しやすい」




「たしかに、そっちからなら川に沿って歩けるけど、急な坂っていうか、崖がなかったっけ?」




「まぁ、そうなんだけど…、あてがあるっていうか」




実は、魔具を使うにあたり、オラウさんから注意事項を受けていた。


それは、他人に見られる道具および現象は、俺の魔法であることにして、魔具であることは伏せること。


理由は、魔具がまだ試作品であることと、秘密情報の塊だから。




それを聞かされた時、俺はブルッた。


万が一、バレたり盗まれた場合、俺は責任を取らされると思ったからだ。


が、オラウさんは「そのつもりなら最初から提案しない」と言った。


正直、もうあの人が何を考えているのか検討がつかない。




だから、「俺の魔法で飛ぶ」と言いたいところなのだが、中年男性のセリフではない。


何度も練習して、ちゃんと飛ぶことは確認しているが、本番というのはまったくの別物。


失敗した時のことを考えると、喉で詰まって声が出ない。




結局、何も説明できないまま、牧場付近の川を歩いていき、俺が飛び降りた崖までやって来る。




「それで、どうするの?」




フレンさんが俺の顔をじっと見る。




「あっ、もしかして、魔法でひとっ飛びとか?」




「…はい、そうです」




フレンさんのおどけた顔が固まる。




「本当に?」




「だから、その…まずは、俺に…その…背負われて…くれませんか?」




恥ずかしい。手を繋いでくれとだって普通言えないのに。




俺はフレンさんを見れないまま、背負う体制になった。


すると、フレンさんはあっさり俺の背中に乗った。


しかも、体をしっかりと密着させた状態。


背中にはかすかにやわらかい感触があり、耳の横にはフレンさんの顔があり、俺の手にはお尻と太ももの境目が乗る。




「これでいい?」




「はぃぃ」




少し躊躇してくれた方が、俺の心臓にやさしかったかもしれないと、今は思った。




「じゃあ、いきますよ」




俺は、ブーツ型の魔具のスイッチを入れるイメージをした。




カチッ




魔具が起動する。


そして、動作させる方法はもちろん。




「エアライド」




俺は呪文風の暗証コードを唱えた。


体が徐々に上へ上へと浮かんでいく。


よかった。うまくいった。




「うそ!本当に魔法だ!すごい!」




後ろでフレンさんがはしゃぐ。


前の景色を見ようとして身を乗り出し、頬と頬がすれる。




「あなた、魔法使いだったのね」




「まぁね」




エアライドは、ブーツ付近の空気を固めて、それに乗ることができる魔具。


さらに、まわりの空気を流したり取り込んだりすることで、自由に飛行できる仕組みになっている。




俺らはゆっくりと浮上して、崖の上に降りた。




「私、初めて魔法を体験した」




「はは、それはよかった」




喜んでいるフレンさんを見れたのはうれしいが、また嘘を重ねてしまったのも事実。




「じゃあ、薬草取りを始めましょ」




「でも、ここらへんは肉食モンスターがいるから、気を付けないと」




「わかっているよ。だから、あなたに同行してもらったんじゃない」




緊張が走った。


また、あのモンスターと対峙した時、俺は本当に戦うことができるのだろうか?


ルール無し、食った方が勝者の世界。


仮に今の俺の方が強かったとして、むき出しの殺意を前に、練習通りにできるのか?




フレンさんがまわりの植物を見ながら、どんどん山の奥へと進んでいく。


俺はそれについていきながら、常にまわりに気を配っていた。




「ライフサーチ」




小まめに、あたりにモンスターがいないかも確認する。




ライフサーチは、付近にいる生き物の大きさと数を見ることができる懐中時計型の魔具。


小さいものは映らないが、大きいものは大きく表示される。


俺らよりも大きかったり、数が多かったら、すぐに引き返さないと。




「あっ!あった。これこれ」




フレンさんの歓喜の声がする。


俺は、フレンさんが座り込んでいる所へ行き、薬草を見てみる。


あー、たしかにこれは説明できない。フレンさんが手にしている草と他の草の区別が俺にはつかない。




「この薬草はね、近くの雑草に近い形に育つの。葉の裏を触ると薬の原料になる部分独特の感触があるんだけど、それは触ったことがある人間にしかわからなくて」




「あれ?でもフレンさん、ずっと歩きながら探していませんでした?」




「ふふ、近い形って言ったでしょ。私くらいになると、見た目で判断できるんだよ」




「すごいですね」




「でしょ?」




「もしかしてフレンさんって、調合師なんですか?」




「えっ?装備を見ればわかると思うけど?」




たしかにその通りなのだが、偽りの冒険者である俺には確証が無かったのだ。




「あー、もしかして、ただの風俗嬢の真似事だと思っていた?」




フレンさんは手を止めて、俺のことをじとっと見る。




「そ、そんなことはないんだけど…」




「うそうそ、別に気にしてないよ。どっちも本当の私。エロい事が好きだからついでに体で稼いでいるのも、調合師として色んな薬を作っているのも」




そう言いながら、楽しそうに薬草を取っているフレンさんを見て、俺の心が少しだけ曇った。


眩しい人だと思った。


世間的に風当たりが強い職業でも、冒険者としてマイナーな職業でも、しっかり自分を持って精いっぱい生きている。


それに比べて…俺は…。




その葛藤が仇となり、ライフサーチ圏内に入った二匹のモンスターを見落とした。

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