52:決着

静かだ。何も聞こえない。


それはそうだ。この空間には何も無い。


星のような小さな輝きが無数に見えるが、それは有るものなのかわからない。




自分の感覚もほとんど無い。


体があることは知っているが、あれだけあった痛みは消え、力も入らない。


呼吸をしているのかすらあやしい。




心は穏やかだ。


もしかしたら無いに等しいのかもしれない。




この空間がなんなのかわからない。


でも、それはもうどうだっていい。




これでもう、フレンさんとウパは安全だ。


二人はどうしているだろうか?


ちょっとくらいは悲しんでくれているだろうか?


ウパは泣いていないだろうか?


フレンさんはー…そこまでじゃないかな。




なんか、残りの人生を凝縮したような冒険だったな。


俺は走馬灯のように、これまでの出来事を振り返る。


痛いつらいも、今となってはいい思い出だ。


それだけで俺は永遠にこの空間をさ迷っていられそうな気がしてくる。




「ふざけるな!」




頭の中で老婆の罵声がする。




「なんでこんな真似をした。お前もただでは済まないぞ」




わかっている。覚悟の上だ。




「お前の人生はこれからだっただろう?あんな小娘二人の為に自ら死を選ぶなど…」




おいおい、お前は俺も殺そうとしていたじゃないか。


あの状況で俺が生き残れる選択肢があったのか?




「わからない。なんでこんなことができる」




…わからないだろうね。


死を恐れるあまり、多くの人の生を貪り食ってきたお前には。




「あぁ…魔力が霧散していく。この空間だと自我をたも…て……な………」




タランチェの声が消え、俺の口を押えていた手が離れた気がした。


何があったのかわからないが、どうやらタランチェは消滅したようだ。




例えどこかで復活するとしても、あの二人にだけは迷惑かけないでくれよ。


俺はそう祈った。




神の使いであるウパの空間魔法の中。


そういえば、空間魔法って何を操っているのだろう?


誰かに聞いたり調べたりできないからどうしようもないが、時間だけは無限にある。


自分なりの結論を出すか。




いや、それよりもまずはグッドラッカー、自分のことを考えてみよう。




時代の先導者を影から支える神の使い…かもしれない存在。


自覚は無く、世界の理の加護を受けている。


主役ではない。でも、誰かにとって必要だった存在。




タランチェが言うには、それが勇者と女神だったらしいんだけど、しっくりこないな。


今の俺なら勇者の存在を信じることはできるけれど、果たして本当なのだろうか?




だってそうだろう?


新しい時代を作る人間が、その時代に一人とは限らない。


数々の冒険譚を読んできた俺は知っている。


時代なんて、人や場所が変われば別物だ。




俺にしては壮大な出来事に巻き込まれた。


だから俺がグッドラッカーだったということは受け入れられる。


タランチェ達に捻じ曲げられてしまったが、別に悔いを残していない。


だけど、本当は誰の為の存在だったのかは、ちょっとだけ気になる。




もし…。


もしもそれが…。




当然、手を強く握られる感覚があった。


腕を引っ張られ、今度は肩に手を乗せられる。


そして、ぎゅっと抱きしめられた。




女の人?


自分の顔が相手の胸元にあるので顔が見えない。


でもなぜだろう?もしかしてと思うところがある。




女の人が少しだけ離れるが、暗くて顔が良く見えない。


すると、女の人が俺の両手をとって、自分の顔を触らせる。




目が覚めるような鼓動が胸を打つ。


俺はこの顔を知っている。




「フレンさん」




触ったことなんて数回もないのに、これはたしかにフレンさんだ。




「どうして?」




助けたはずの…助かったはずのフレンさんが、どうしてここにいる?




フレンさんも俺の顔に両手で触れる。




「なんでだろう?」




フレンさんのそんな声が聞こえた気がした。




「気が付いたら追いかけていた。


ちょっとだけ一緒にいた時間が長いだけの、その他大勢の男に過ぎなかったのに…」




フレンさんの手のひらから、やさしい気持ちが伝わってくる。




「ただね、予感みたいなものだけはあるんだ。


このまま終わりじゃない何か。まだ何か残っているやらなくちゃいけないこと。


私と、あなたじゃないとできないこと」




顔を引き寄せられて、おでこがふつかった。




「でもさ、そんなものがなくても…ここにいたかもしれない…かも」




どちらかともなくキスをする。


あの夜とはまったく違うキス。


腕で思い切りフレンさんを抱き寄せる。


でもそれは欲望のままではなく、相手が望むがまま。




なんだろう?


目を閉じているのに、あたりが明るくなってきているような気がする。




けど、そんなことはどうでもいい。


今はフレンさんを感じる事以外はしたくない。




仮にどこかへ辿り着くことがあったとしても、そこがどこなのかを知るのは、俺たちの気が済んでからだ。


それからで十分だ。




だってそうだろう?


グッドラッカーには『幸福な死』が約束されている。


わかるか?


何も無いこの空間じゃ、俺は死ぬこともできないんだぜ?

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