53:フィナーレ
「耳を隠す?」
俺の話に耳を傾けてくれている女性はそう聞き返してきた。
「あぁそうだ。俺は耳を隠していたから帰って来れた」
俺はまるで何かを懐かしむようにそう繰り返す。
「ふーん、で?それはなんでなの?」
女性はずいっと私に近づき、腰が触れる位置までくる。
先ほどよりも上目遣いになり、よりかわいく見える。
それがとても懐かしく感じて、俺はちょっぴり泣きそうになった。
「どうしたの?」
感動して言葉を詰まらせてしまった俺に、女性が問いかける。
「いや、なんでもない。すまないが理由は言えないんだ」
結果オーライかな?
すごく意味あり気になってよかったと思う。
「そっか、まぁ言いたくないんじゃしかたないね」
引き際をわきまえているところがすごい。
話をしやすく感じるから、最初は隠していてもいずれぽろっと出てしまうだろう。
「ありがとう。面白かったよ」
女性は最後にお礼を言い、自分の酒代を置いて店を出て行った。
すごいな。あの若さであの堂々とした振る舞い。
自分と比べると天地の差がある。
テーブルには女性が飲んでいたグラスがあり、わずかに残っている。
俺はついそのグラスのふちを眺めてしまった。
「ちょっと、何を見ているの?」
俺の後ろから別の女性が声をかけてくる。
「あっ、いや、なんでも…」
俺は反射的に両手を上げて、無実であることを主張する。
女性は、さっきまで話していた女性が座っていた椅子に座る。
見た目は40代くらい、でも実際は50代。
その人は頬杖をついて、前の女性の真似をするように上目遣いになる。
「どうだった?若い頃の私は?」
「あぁ、とっても可愛かったよ」
俺がそう答えると、女性はむっとする。
「それ、回答としては50点だからね」
「じゃあ、今のフレンさんの方が素敵だよ」
「ふふっ」
そして俺たちは、とりあえず置いてあるグラスで乾杯した。
そう、グッドラッカーとしての俺の最後の役割を果たしたのだ。
俺たちがウパの空間を通って飛ばされたは30年前の世界であった。
まだ未開の地が多く残り、フレンさんの知識を頼りに一足先にその地を見て回るのが俺たちの新しい人生になった。
歴史が変わってしまうことはないのか?と俺は疑問に思ったが、私たちが好き勝手やった後の世界で私たちは出会ったんだとフレンさんは答えた。
それが正しい事が濃厚になったのが、白竜の霧と帰らずの谷、ミノコバンパスに行った時のこと。
俺たちはある驚愕の事実を知ることになった。
それは、さらに18年前の未開の地だったミノコバンパスに入った冒険者が誰一人として帰って来なかったという記録。
ウパの父親である人間は確実に帰ってきているはずだと俺たちは色々な手段で確認を取ったが、何も出てこなかった。
これはおかしい。
このままだと、フレンさんに耳を隠して入れと話してくれる人がいなくなる。
その時に俺たちはわかったのだ。
それがこの時代に飛ばされた理由。
そして、俺が登場する物語の主人公が誰なのかが。
「なんかさ、変な感じよね」
「なにが?」
「あなたの物語の主人公が私ってのが」
「なんで?主役ってガラじゃない?」
「それもあるけど、なんていうんだろ?見方によってはあなたが主役じゃないの?」
「見方?」
「そう。例えば、悪者に人生を狂わされた悲劇の主人公とか」
「あー…、なるほどね。いやでもさ、俺はフレンさんやウパ、あと結局はオラウさんとかの助けがないと何もできない人間だったから、それじゃ務まらないでしょ」
「別にかっこいい人だけが主人公じゃなくてもいいんじゃない?」
「それだと見てもらえないと思うよ」
「それこそ別にいいじゃない。少なくとも、こうしてファンが一人いるんだし」
「そうだな。せっかく昔の自分に別の人生を歩ませてあげられるチャンスだったのに、こうしてしょうもない男と時間旅行するはめになる道に進ませるくらいだもんな」
いやはや、幸せというのはどんな形で現れるかわからないものだな。
「じゃあ後は、もう少し時間をおいてウパに会いにいくだけだね」
「うん、ウパなら何があったかわかってくれるさ。なにせ神の使いだしね」
年齢を考えれば、冒険ができてあと数回だろう。
でもそれで十分だ。ウパとの約束を守るには十分だ。
その後はどんな人生だったとしても、俺は幸福なまま死んでいける。
幸福な人生はまだまだ続いていく。
『幸福な死』が約束されていたというのは、どうやら本当になったようだ。
考えようによっては、あのタランチェが俺たちの愛のキューピットだな。
人生というのは何があるかわからない。
グッドラックもいつ起こるかわからない。
それは、俺だけに限った話ではないと思う。
グッドラック~幸福な死が約束された冒険者~ 正宗 @masamunew
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