19:エルフの里

ファストリカバリを省エネモードで女の子に使ってあげる。


みるみるうちに消えていく傷を見て、女の子は目を輝かせていた。


怯えた様子はなく、むしろなつかれた気がする。




「すごい、こんなの見たことない」




俺に注がれる尊敬の眼差し。


初めて感じる大人の威厳。


俺はつい調子乗って、女の子の頭をなでた。


えへへと笑い、整った顔がくしゃっとなるが、そのあどけない表情に尊さを感じる。




そんな俺を、フレンさんはにやにやと見ていた。


思わず緩んだ顔を戻す。




女の子に案内されながら、俺らは森の奥へと進んで行った。


あたりは木と霧で視界が悪く、目印になりそうなものは一切無いのに、女の子は迷う素振りすらなく、するすると歩いていく。


すると、大きな洞穴へやってきた。奥にちらほらと明かりが見える。


女の子につれていかれるまま、洞穴の奥へ進んでいくと、そこには里が存在した。




木と土で作られた建物と、火とは異なる光を放つ街灯。


そこで生活しているエルフ達。


白い肌、整った顔立ち、華奢な体つき、そして、長くとがった耳。




もう疑いようがない。


フレンさんが言う通り、ここはたしかにエルフの里であった。




"私は耳を隠していたから帰って来れた"


ここがまだ未開の地だった頃の冒険者の言葉。




俺にもその意味がわかった。


その冒険者は、人間であることを隠し通せたおかげで、エルフに救われたのだ。


エルフ達の生活を隠すため、本当はその事を墓まで持っていくつもりだったのだろうが、きっとフレンさんを相手に口を滑らせてしまたのだろう。




変わった格好をしている俺達を、エルフ達が見ている。


が、近づいてこないし、声もかけない。


よそ者を敵視しているというよりは、面白いものを見ている好奇な目。




住宅地を抜け、さらに奥へと進んでいく。


街灯も少なくなり、薄暗くなってくる。


そこに、ひときわ大きい家があった。作りも他の家とはちょっと違い、丈夫そうだった。


言うなれば、この里の貴族の家。




女の子がドアを開けると、「ママー!」と言いながら駆けていった。




「お前、どうしたんだい!?その格好…」




母親らしき声がする。




しばらく、ごにょごにょ話した後、エルフの親子が俺らの前へやってきた。




女の子は服を着替えていたのだが、なんかすごい。


布で胸をぐるっと巻いただけで、お腹と背中が広々見えている。


スカートのようなものをつけているが、丈が短く、スリットが腰まである。生地も薄くて、足に張り付いてしまっている。




子供ではあるが、所々成長の兆しが見えて、俺の目が泳ぐ。




女の子ほどではないが、母親もそれなりに薄着だった。


俺らはそこそこ着込んだうえでうっすら寒いくらいだ。


エルフは寒さに強いのだろうか?




「話を娘から伺いました。


命を救っていただき、本当にありがとうございます」




母親は深々と頭を下げる。




「ウパ、あの人達にお茶の準備をしてくれないかい?」




「わかった」




女の子がキッチンだと思われる部屋へ行く。




「あの子はウパ、私はルパといいます。


お二人とも、旅の者とお見受けします。大したもてなしはできませんが、よかったらうちで休んでいかれませんか?」




ありがたい。


まさか普通に家で休めると思っていなかった。


でも、よそ者に対して無警戒すぎるという面もある。フレンさんはどう思っているのか?




「お言葉に甘えさせていただきます」




素直にご厚意を受け入れている。


相手が人間でないとはいえ、言葉が通じるし、やさしそうである。


自分たちがミノコバンパスのどこにいるのかわからなくなってしまった以上、少しでも情報収集したいといったところだろう。




俺らは食卓に案内されると、ウパがお茶とお菓子を用意してくれていた。


にこにこ笑いながら、俺を手招きする。




(なつかれてるー)




フレンさんがトークレスで茶化してくる。




俺は照れながら招かれた方へ行き、椅子に座った。


ウパの俺の隣に座り、正面にフレンさん、斜め向かいにルパさんが座る。




「どうぞ」




カップに注がれているお茶は、透き通った緑色をしていた。


紅茶のような匂いがするが、こんな色は見たことがない。


ただ、人間であることを隠し通すなら、ここはすんなり飲んだ方がよさそうだ。




意を決して一口飲む。




「おいしい」




思わず声に出た。


オラウさんにもらった紅茶に比べると、味も匂いも普通なのに、心が落ち着き、なんだか体の芯から温まってくる。




フレンさんも肩の力が抜けて、リラックスしていた。


うっかりトークレスで紅茶の感想が駄々洩れなのだが、俺は黙っていた。




「これも食べて」




ウパにお菓子を差し出され、それも食べてみる。




「これもうまい」




俺が食べている様子を、ウパはうれしそうに見ていた。




改めてお互いの自己紹介をして、しばらく和やかな時間を過ごしていると、ルパさんは時計を見た。




「いけない、そろそろ夕飯の時間だね。


ウパ、悪いんだけど、畑に行って野菜を取ってきてくれないかい?」




「いいよ」




ウパを部屋を出る前に手を振ると、家を出て行った。




「あの子のお礼に、今日は泊まっていってください。


部屋もベッドも余っているので、そこでゆっくり休んでください」




「ありがとうございます」




「それで…」




ルパさんが急にうつむいて、急に深刻な雰囲気になった。




「あの子がいない内にお話ししておきたいことがあります」




えっ?なに?


せっかく休めていたのに、事態が急変した。




「お二人とも、ヒューマン…人間ですね?」

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