23:大きな気配

翌朝。


ウパがいなくなっていたベッドで、俺は放心状態になっていた。




やってしまった。


いや、厳密にはやっていない。そこだけは死に物狂いで死守した。


もし童貞のままだったら、どうなっていたかわからない。


フレンさんに本気の感謝を捧げる。




しかし、純粋無垢な女の子に手を出してしまった事は変わりない。


それはもう背徳感がやばい。悪い意味でも良い意味でも。




ウパは、あんなことをした後でも今まで通りでいてくれるだろうか?


それ以前に、俺が今まで通りでいられるだろうか?




心をぐちゃぐちゃにかき回しながら、俺は着替えをする。




サー…。




血の気が引く音がたしかにした。


俺の目の前に、椅子の背もたれにかかっているターバンがある。




あの夜、俺はターバンしてなかった事を思い出した。




なんとかドアを開けて、廊下へ出るが、階段を下りる勇気がなかった。


まるで奈落へ続く下り坂のように思えた。




ウパは特に俺の耳に対してリアクションがなかったが、見ていないわけがない。


今から秘密にしてくれるようにお願いするか?


でも、もし万が一見えていなかった場合、変な事にならないかな?




「下りないの?」




「うわぁ!」




危うく階段から落ちる俺を、フレンさんが怪しむ。




「ちょっと疲れが残っているみたいで、階段きついなーって思っていただけ」




「今日からが本番なんだから、出発までに回復しておいてね」




返事をして、一緒に階段を下りる。


食卓の方へ向かうと、準備を手伝っているウパがいた。




「あっ」




俺と目が合い、ウパは朝ごはんを持ったまま立ち止まる。




「おはよう」




いつものように挨拶してくれる。


が、気のせいだろうか?


少し大人っぽく感じた気がする。




「なんか、ちょっと雰囲気違ったね」




フレンさんが何気なく言った。




「そ、そうかな?」




心臓に悪い。


なんか浮気をしている気分だった。




それからウパはいつも通りだった。


まるで昨日の事は夢だったかのように。




朝ごはんの片づけを手伝った後、俺とフレンさんは玄関前に集合した。




「今日からドラゴンアイ探しって言っていたけど、アテはあるの?」




「アテってほどじゃないけど、とりあえず行く方向は決まっている。


帰り道を探しながら、ギガオウルの羽でマナの流れを確認しておいたんだ」




うおー。さすがです。


ちゃんと次の手を打っている。かっこいい。




「お待たせー」




ルパさんの手伝いを終えたウパも合流する。




「今日から宝探しでしょ?」




ウパが今日は何をするのか、フレンさんに聞く。




「そうよ」




「どんな物を探すの?」




「ドラゴンアイっていうの。


きれいな青い玉で、真ん中が真っ黒なんだって」




「ふーん。どこにあるの?」




「それをこれから探すのよ。わかっているのは、マナがたくさんある所」




なんか、妻と子の会話を聞いている気分を味わった。


自分がやらかしたミスを忘れて、少し和む。




「マナがたくさんある所なら、知っているよ」




「えっ?本当に?」




「うん、ちょっと遠くて、危なそうな所だけど」




フレンさんが俺を見る。


俺はそれに無言で頷いた。




「そこに案内してくれる?」




「わかった」




「よし、じゃあいこうか」




フレンさんがドアを開け、外へ出る。


俺もそれに続こうとする。


すると、ウパにズボンを掴まれた。




「どうした?」




「あのね」




背伸びをし、口元に手を当て、小声でそう言うので、俺は反射的に耳を近づける。


ウパは俺にほおずりをする。


そして、そっと俺の耳に手を当てた。




俺は反射的にのけ反る。


触られた耳を抑え、ウパを凝視する。




俺の顔は笑っていなかったと思う。


けれど、ウパは微笑みを浮かべ、人差し指を唇に置いた。




確認したかっただけ、黙っていてあげる。




そう言っているようだった。


それはもう、大人の女性の色気だった。




ウパはフレンさんを追いかけるように出て行った。


俺も歩き始めるが、心だけ置き去りにしたような気分だった。


感情が追い付かない。




ウパは、どこまで大人で、どこまでわかっているのだろうか?




…。


……。


………。




森を歩くこと一時間以上。


急に草も生えない岩場にやってきた。




「私はここまでしか来た事がないけど、この奥にすごくマナを感じる」




ウパは鍾乳洞のような所を指さして言った。




フレンさんがギガオウルの羽を取り出し、鍾乳洞に向けてみる。


すると、羽が突風を受けたようにバサバサと動き始めた。




「うおっ、すごい反応している」




その一見不自然な現象に俺は驚いた。




「ウパのおかげで、いきなり当たりかもね」




フレンさんの口元は笑っているが、目はギラギラとしている。


まさに獲物を目の前にした冒険者。




「その前に少し休憩しよう」




俺はその場に腰を下ろした。




「「えっ?」」




女性二人はそのまま突入するつもりだったようだ。




「はやる気持ちはわかるけど、クライマックスが近い分、しっかり準備しよう」




「…そうね」




フレンさんは少し考えてから、同じように座った。


ちょっと冒険者らしいことが言えた気がした。




「そういえば、ここが危ないって言っていたけど、モンスターとかが出たの?」




フレンさんがウパに聞く。




「それもあるんだけど…」




ウパは奥の方を見つめる。




「もっと大きな何かを感じるの。


恐くはないんだけど、近づいちゃいけない感じ」




鍾乳洞へ風が吹き込む。




ボオォォ




まるで怪物が中で鳴いているようだった。

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