08:一筋の光
翌朝。
俺の初めてをもらってくれた彼女は、フレンと名乗った。
「それで、依頼内容なんだけど、3日後の朝、私をホオジ山に連れていき、薬草取りを手伝うこと。
薬草については、私じゃないと見分けがつかないから、説明を省くね。
あなたの仕事は、主にボディーガード。
集合場所は…そうだな。あなたを見つけた掲示板の前でいいかな」
服を着ながらフレンさんは、依頼のおさらいをすると、なんの余韻もなく部屋を出て行った。
なぜ、時の流れは人によって違うのだろう?
俺が性欲と戦っている間に、事が済まされ、
俺が今後を考えている間に、彼女は姿を消した。
俺は、事の重大さに震えながら宿屋を出た。
よたよたと街を歩く。
朝早いのでまだ人はまばらだが、店は開店準備で忙しそうだった。
マフィアを一撃で倒し、冒険者用の掲示板の前にいたから、俺を冒険者と勘違いした?
まぁ、わからなくもないけど、一回くらい確認しない?
いや、何も言い出せなかった俺が一番悪いんだけどさ。
どうするよ?これ。
俺にできることは二つ。
謝るか、バックレるか。
相手は高級店アルカディアの嬢。しかも、マフィアとのひと悶着が日常のような女性。
どちらを取っても無事では済まない。
自殺を再トライしようかな。
わずかな望みをかけて、結果的に拷問されて殺されるよりは、山で独り死んだ方がマシ。
「はぁ…」
歳を取ると、時と場所を気にせずため息が出る。
「ハリネさんじゃん」
後ろから中年男性に声をかけられた。
「サベさん」
サベさんは、以前働いていたお店の常連さんで、俺にも気さくに話しかけてくれた稀な人。
「どうしたの?店に最近来ていないみたいだけど」
俺は、お店をクビになった事と、ケガをして寝ていた事を話した。
「そうか、大変だったな」
サベさんは、俺の肩をポンと叩く。
「そうだ、一緒に朝飯でも食わないか?奢るよ、ちょっとでも食費を浮かせたいだろ?」
思わず泣きそうになる。
最近の非日常感に、俺の精神はクタクタだったのかもしれない。
喫茶店でモーニングセットをいただきながら、俺はサベさんの世間話を聞いていた。
「そうそう、最近の大きな話題といえば、マグってやつだね」
「マグ?」
「魔法道具、略して魔具。魔石を科学で加工して、誰でも魔法が使える道具らしい」
「へー、すごいじゃないですか。時代の流れを感じますね」
「そうだろう、まさに最先端技術だ。
しかもだよ。魔具を作っている会社の社長さんがこの街にいて、ちょっと前に、そこからマフィアが魔具を盗んだっていうから、市民の知らないところで色々あったらしいよ」
「怖いですね。マフィアってどこに潜んでいるか、わかりませんから」
そのマフィアと殴り殴られをしたことは、黙っておこう。
笑い話にするには、まだ時間がかかる。
そこで、ふと気になったことがあった。
「ちなみに、その盗まれた魔具って、どんなモノなんですか?」
「あぁ、あくまで噂だが、ナイフ型だって話だ。刃が無いから普通には使えないけど、魔法を使って火を起こしたり、熱を使って焼き切ったりできるとか」
おぉ、まさにあのマフィアが持っていたやつだ。そんな気がする。
俺は偶然にも、今話題のマフィアと鉢合わせたわけか。
となると、今度はなぜフレンさんが追いかけられていたのかが気になる。
「まだ試作段階だから世に出回るのは先の話だが、楽しみだよな。
魔法使い様の時代も、いつか終わるのかもしれないってか。
生まれ持った才能だけで、世界から重宝されるなんて、ずるい話だよな」
「まぁ、そうですね」
「ぜひとも、オラウ=ゴーガンさんには頑張ってもらいたい」
「えっ?」
聞いた事がある名前に、俺は思わず反応してしまう。
「ん?オラウ=ゴーガンだよ。この街にいるゴーガンカンパニーの社長。
もしかして知らなかったのか?いい歳して、なんにも知らないんだな」
サベさんは愉快そうに笑った。
嫌味で言っているわけではないので嫌ではなかったが、物を知らない事を俺は恥じた。
オラウさんは、大きな会社の社長だったのか。
通りで、でかい屋敷に住み、高そうな服を着て、洗礼された立ち振る舞いだったわけだ。
「………これって」
俺は、わずかだが小さな希望が見えた気がした。
「どうした?」
急に深刻な顔をする俺を、サベさんは不思議そうに見ている。
「いえ、なんでもないです」
そう言って俺は、残っていた朝飯を平らげる。
「ごちそうさまでした。
ありがとうございます、サベさん」
「いいってことよ」
「せっかくごちそうしてくれたのに、申し訳ないんですが、俺はもう行きます」
「そうか、とにかく頑張れよ。生きていれば、何かいいこともあるさ」
俺は再度サベさんにお礼を言うと、駆け足でオラウさんの所へ行った。
誰でも魔法が使えるようになる道具。
魔法は人智を超え、自然を操る未知の力。
もし、それを使えるのだとしたら、俺でも冒険者の真似事くらいできるかもしれない。
そうなれば、少なくともフレンさんの依頼をこなし、裏社会から縁を切って、おまけに金も得られる。
まさに逆転の一手。
完全に人任せなのがなんとも言えないが、今の俺にはこれしかない。
息を切らせたまま、オラウさんの屋敷の門番に声をかける。
「すみません、オラウさんにお会いできませんか?私は、ハリネといいます」
一人の門番が屋敷の中へ確認に行った。
この門が開かなければ、俺の人生はここで詰む。
俺は祈った。
確認に行った門番が戻ってきて、もう一人の門番に声をかける。
すると、門はゆっくりと開き、俺を中へと入れてくれた。
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