13:無事帰還

二匹のバーンウルフを倒し、俺は最後の力を振り絞って、フレンさんを格納しているシェルタートルを追いかけた。


タートルと名についているだけあって、本当に遅く、ようやく川岸に着いたばかりだった。




「ァ…アンシェル…」




解除コードを絞り出す。


脅威は去り、せっかく拾った命、今度は必死にしがみついてやる。




シェルタートルが上の方から徐々に消えていき、四つん這いであたりを見渡すフレンさんが姿を現す。




「ちょっと!大ケガじゃない!!ってか、一人で倒したの!?」




フレンさんは、うつ伏せに倒れている俺に気が付くと、急いで駆け寄ってくれた。




「待ってて、今すぐ薬を…」




「いえ、俺の左ポケットから、小さい棒状の乾パンみたいなやつをとってください」




フレンさんがなるべく俺が動かないように、指定の物を探す。




「これ?」




「はい、それを食べさせてくれませんか?」




「食べさせるって…こんな状態で…」




フレンさんはちょっと考えると、俺が仰向けになるように転がすと、膝枕をしてくれた。


リュックから水筒を取り、乾パンみたいなやつを一口食べると、かみ砕いて水を口に含む。


そして、ゆっくりと口移しでそれを飲ませてくれた。




もう、女神かなにかかと思った。


キスはあの時にたくさんさせてもらったが、正直この瞬間が一番幸せを感じた。




「全部?」




「いえ、とりあえずこれでたぶん大丈夫です」




俺は痛みに耐えながら、右手を胸に置く。


そこに備え付けられた魔具に触れ、暗証コードを唱える。




「…ファストリカバリ」




俺の傷という傷から薄っすらと光が出始める。


もちろん、鼻の穴からも。


恰好はつかないが、傷が徐々に塞がっていく。




ファストリカバリと栄養ブロック。


ファストリカバリは人間の治癒能力を何倍にも高める魔具。


その代わり、大量のエネルギーと栄養が必要になるので、栄養ブロックと合わせて使用する。


栄養ブロックは、体を構成する栄養素を人間が吸収しきれないほど内包した化学食品で、ファストリカバリの効果で余すことなく活用される。




「傷が…治っていく…、こんな高度な魔法も使えるんだ」




目を丸くするフレンさん。




「緊急時にしか使えないけどね…」




傷が癒えて、楽になってきた。


これはさすがに初めて使う魔具だったが、はっきり言って一番すごいと感じる。


魔具が世に出回ったら、きっと世界はひっくり返るだろうな。




しばらく休憩する。




「あのさ…」




フレンさんがふいに聞いてくる。




「なに?」




「バーンウルフを倒すのに、カナカナ草を使ったの?


あなたに付着しているこのすっぱい残り香。ずいぶん無茶をしたんだね」




俺はなんのことかわからなかった。




「人間は少量で気絶するのに、バーンウルフ相手じゃ大量に燃やしてまき散らしたでしょ?…助かったからいいけど、ずいぶん無謀な真似もするんだね」




………。


時間がかかったが、俺の中でパズルのピースがハマる感覚があった。


カナカナ草は、きっと神経に作用する麻薬になるんだ。


偶然、エアライドでカナカナ草を集め、サンダーで焼き払った。


空気中に麻薬が大量に散布され、バーンウルフはそれが原因で行動不能になる。


一方俺は、鼻を折られてほぼ呼吸しておらず、体勢も低かった。


立ち上がる頃には川の方からの風で薄まり、俺はあまり吸わずにすんだと。




ホオジ山の麻薬の噂は本当だったんだ。


いやマジで、一生分の運を使い切った気分だった。




10分くらいひっくり返っていると、なんとか動けそうになってきた。




「いてて…、そろそろ行こうか」




「大丈夫なの?」




心配そうな顔で、フレンさんが俺を支えてくれる。




「なんとか、この状況でモンスターに遭遇したら、今度こそ死んでしまう…」




俺はフレンさんの肩を借りながら、崖まで歩いた。


ほとんど乗っかっている状態なのに、フレンさんは俺をしっかりと支えてくれている。


支援職業とはいえ、基礎体力は俺なんかよりもずっと高そうだ。




崖までやって来る。




「どうするの?」




俺がフレンさんを背負える状態ではない。


少し考えて、一番できそうな案が思いつく。




フレンさんに俺のブーツを履いてもらい、俺を背負ってもらった。




「エアライド」




フレンさんがふわっと浮き始める。




「きゃー、私が浮いてる!」




うまくいってほっとしている俺を背負い、フレンさんは子供のようにはしゃいだ。




「そのままでいてください。コントロールが難しいので」




「はーい」




ゆっくり、ゆっくりと降りていく。


無事着地すると、フレンさんに俺を下ろしてもらい、牧場主に救助を求めに行ってもらった。




空は見上げると、もうすぐ夜になりそうだった。




「た…助かったー…」




危険がなくなったことを実感して、体の力が抜けていく。




すごい怖い思いをした。


すごい痛い思いをした。


すごい苦しい思いをした。




それでも…。


なんだろうこの気持ち?




ここ10年間の人生を合わせてもまったく足りない程の、充実した時間だった気がしてならなかった。

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