45:更なる介入者

朝日が昇ってきた。


この島は常に曇っているので太陽を拝むことはできないが、夜が明けたことはわかる。




「眠れた?」




「まさか」




フレンさんと軽く冗談を交わすと、俺らはカーマと出会った神殿の広間へと向かった。


タランチェなら真っ先にここへ来る。そう確信していた。




「ねぇ、朝ごはん食べない?」




歩きながらウパがフルーツを渡してくれる。


正直あまり食欲が無かったが、少しでもエネルギーを入れておいた方がいいと考えた。




「ありがとう」




俺はフルーツにかじりつく。


こんなワイルドな食べ方をしたのは、子供の頃に小説の真似をして以来だ。


皮が邪魔であまりおいしくなかったがちょっと楽しかった。


フレンさんはこの食べ方に慣れているようでさまになっている。




「なによ?」




「いや、冒険者だなーと思って」




「あなたもでしょ?」




「そうだな。無事に帰れたら胸をはってそう言うようにするよ」




神殿の広間へ辿り着く。


クリスタルは無く、今はただ広いだけの空間だ。


心置きなく戦えると言えなくもないが、ここが戦場になると思うと緊張してくる。


タランチェはいったい何人連れてくるだろうか?


ミーヤさんとゴルデさんもいるのだろうか?


彼女らはタランチェの手下だったわけだけど、あの時は混乱してばかりだったから実感が無い。


今回はいないことを祈るばかりだ。




フレンさんはクリスタルがあった台の裏に回り、入口からは見えない位置に座り込む。


持っている物を一つ取り出してはチェックをして、元の場所へしまう。




「フレンさん」




俺はその姿を見て、聞いてみたい事ができた。




「なに?」




「フレンさんは調合師だから非戦闘員に入ると思うんだけど、戦ったことある?…もっといえば人間と戦ったこと」




フレンさんは手を止めずに答えてくれる。




「あるよ。モンスターとも、人間とも。


非戦闘員と言ったって弱いモンスターや素人よりは強いよ。


冒険の帰り道で盗賊に襲われたことがあって、その時に一人殺している」




背中がぞくりとする。


冒険者が盗賊や悪質な冒険者と戦うことがあるのを知っていた。


だからフレンさんも無くはないと思っていた。


でも心のどこかで無いことを願っていた。


フレンさんからの回答には重みがあり説得力があった。


それは殺しが事実であり、これから始まるのが殺し合いであることを意味する。


冒険には夢があるが、夢だけではない。




「恐くなった?」




「正直に言えばちょっとだけ」




「違うわよ。私のことがだよ」




フレンさんが手を止めて僕のことをじっと見つめる。


何かを待っているように思えたが、こういう時に気の利いたことを言える人生を俺は送ってはいない。




「そんなわけない」




フレンさんがふっと笑った。




「ちょっとは期待したんだけどな。最近調子よかったから」




「そんなこと言うなら、今日俺が追い付いてやるよ」




「ふふ、いいじゃん」




冗談で言った事だったけれど、可能なら俺の手で終わらせたい。


ウパやフレンさんではなく俺の手で。


そう強く思った。




………。


……。


…。




「…来た」




入口の方を向いてじっと立っていたウパが告げた。


赤髪に変身して戦闘態勢に入る。




フレンさんは立ち上がってウパの横に並び立つ。


俺はさらに一歩二人の前へ出た。




カツーンカツーン




足音が聞こえてくる。




「二人だね。一人はタランチェだけど、もう一人はわからない…たぶん男の人。


あれ?そんな強そうな感じがしない?」




ウパがそう教えてくれる。


一瞬二人目をゴルデさんかと思ったが、ミーヤさんと別行動を取るようには思えない。


俺たちの相手ならタランチェ一人でも十分なくらいだ。


それをわざわざ連れてくるとなると、得体が知れない。




足音が次第に大きくなってきて、ついにタランチェが俺たちの前に姿を現した。


初めて会った時と同じ黒ずくめの恰好をした老婆がいる。


だけど今はもっとも恐ろしい存在に俺の目には映っている。




まだ中には入って来ず、タランチェはにやりと不敵な笑みを浮かべる。


そして、もう一つの足音に視線を送る。


その視線の先の主が、すっとタランチェの斜め後ろに立つ。




その男を見て、あまりの衝撃に頭が真っ白になった。


じわじわと現実を受け入れるにつれて、動悸が激しくなっていく。


あなたが…あなたがそこにいるとなると…、俺の今までって…。




あの綺麗な立ち姿と、優しさと強さを兼ね備えた紳士の顔つき。


俺を助け、冒険者にしてくれた人生の恩人。


オラウ=ゴーガン。




「ハリネ?」




俺の異常に気付いたフレンさんが声をかけてくれるが、俺は反応することができない。


タランチェとオラウさんがこちらへやって来るのをただただ見つめる。




二人は大胆にも10歩手前くらいまで歩いて来た。




「がははは、いやーまいったよ。まさかここまでとは。


お前たちの研究の方が正しかったとはね。オラウよ」




タランチェはちらりとオラウさんに視線を送って笑う。




「…オラウさん、なんで?」




俺がなんとか絞り出した言葉はこんな感じだった。




「だから言ったじゃありませんか。『グッドラッカー』はそういう存在だと」




一瞬だけ目が合ったが、オラウさんは俺を無視した。




「そうだねー。まぁここには来る予定だったんだ。


現体を捕縛し続ける手間が省けたということにするさ」




タランチェがオラウさんに答える。




「おいっ!」




俺は感情のままに叫んだ。


ようやくオラウさんが俺のことを見る。




「これはどういうことですか!?


あなたとの出会いまで仕組まれたことだったら、俺は…」




オラウさんはふぅとため息をつく。




「そうですよ」




俺の心臓が強く打つ。




「あなたと私が出会ったのは必然。


もっとも、まさか娘夫婦がそのための犠牲になるとは思っていませんでした。


代償にしては高過ぎます。しっかり償ってもらいますよハリネさん」




目の前が真っ暗になりそうなほど血の気が引いた。

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