43:託された力
カーマは俺の問いかけを静かに聞いた後、両手を胸のあたりでぎゅっと握る。
少し指の隙間から淡い光が漏れる。
「あなたにこれを」
カーマが両手を開くと、光の粒が星空のように集まって一つの球体を作っていた。
速さは様々だが、一粒一粒が円を描くように回っていて魚群のようにも見える。
その球体をカーマがゆっくり前へ押し出すと、それはゆらゆらと浮遊しながらウパの手元へと飛んで行った。
「私の宿敵であるタランチェを倒すための力です」
タランチェ。それがあの老婆の名前だった。
ウパは、カーマがそうしていたように光の球体を両手で持ちながら、瞬きも忘れて眺めている。
「すごい…」
凡人の俺が感じている以上に光の球体はすごい代物なのだろう。
ウパの瞳には世界一の絶景が写っているかのようだった。
「それは私自身をここに封印することで蓄え続けてきた命を紡ぐ力。
私の使命とは、生命の循環を見守り、時には手を差し伸べること」
すごく神様っぽいことを言っているが、腑に落ちない説明だった。
フレンさんも同じ感想を持ったようで、それについて追及する。
「それがどうしてタランチェを倒す力になるの?」
カーマは目を閉じ、悔やむように答える。
「あれは命の連鎖から外れた存在。
自分の死を恐れるあまり、他の命を横取りしてこの世に留まり続ける亡者。
あれを倒すには、まずあるべき姿に還してやるしかないのです」
フレンさんがふーむと唸る。
「合っているかわからないけれど、まずは同じ生き物に戻ってもらう必要があるって感じかな。
死なない奴をいくら攻撃しても無駄…みたいな?」
「えー…、それってゾンビってこと?たしかにそれっぽい見た目だったけどさ」
あくまで例えだけど、まさか本当に不死者みたいな存在がいたとは…。
世界というのは広いな、マジで。
カーマは俺らの会話に頷くと、姿が次第に薄くなっていく。
「私はここまでのようです。どうか、タランチェをお願いします」
「ちょっと待ってよ!まだ話は終わっていない!
私たちはまだタランチェと同じ舞台に上がれただけだよ!
海底神殿のあなたが太刀打ちできなかった相手に、どうやって戦えばいいのよ!?」
フレンさんがカーマに詰め寄る。
すると、カーマがフレンさんの頬に手を添え、おでこを合わせるように近づく。
不謹慎にも女性同士でキスをするかと思ってドキリとしてしまった。
「あなた、名前は?」
「フ、フレン…」
「フレン。たしかにタランチェは恐ろしい存在です。
かならず勝てるなど気休めも言えません。
ですが、あなたはすでに可能性を揃えています」
「揃えているって…どういうこと?」
カーマの口は動いていたが、俺らには何も届かなかった。
そして、カーマの姿は消えてなくなり、ウパが受け取った光の球体も見えなくなり、神殿も暗く静かな場所に戻った。
しばらく、全員で黙ったまま立ち尽くした。
現実味が無さ過ぎて、頭の中で今までの会話が何度も繰り返される。
そして、何も残されていないこの場所を見て、再びカーマのことを思い出し現実だったことを再確認する。
事は進んでいるはずなのに、実感が得られない。
………。
……。
…。
カーマと会ってから数時間が経った。
俺たちは村で空いていた小屋を借りて休んでいる。
俺らとカーマの会話を横で聞いていたおじいさん達が、俺らを神の使いとして認識したようで、ここでよくしてもらうことになった。
バルーンルームの数も限られていたので助かった。
「あのさ、フレンさん」
椅子に座ったままずっと何かを考えているフレンさんに俺は声をかける。
「なに?」
「えーと、これからどうしようか?って話なんだけど…」
いや、フレンさんは今それを考えていて、俺が何か案を出せるわけじゃないのはわかっているのだけれど、一応当事者なので何もしないままではいられなかった。
「…うん」
フレンさんは気のない返事をしてテーブルに頬杖をつく。
「最後にカーマがフレンさんに何か言っていたけど、何か心当たりってある?」
「無いわ」
きっぱりと否定されてしまった。
「…そうですか」
「でもね」
フレンさんは視線を外に向けたまま、話を続けた。
「私なりの考えくらいだったらあるかも。それこそ希望的観測だけど」
「それって?」
ちょっとでも明るい話題に飢えていたようで、俺は思わず飛びつく。
「"可能性を揃えている"という言い方から察するに、手持ちのカードでなんとかなるかもしれないってことだと思うのよ。
手持ちのカードって、なんだと思う?」
フレンさんの質問に対して、俺は真剣に考えてみる。
「んー…、まずはウパだろ?
受け取った光の球体が必要不可欠なわけだし、なにより、タランチェ相手にまともに戦えるのは赤髪ウパだけな気がする」
「そうね」
フレンさんが短く肯定する。
「あとは…なんだ?俺が持っている魔具?フレンさんの知識?」
うぅ、合っている気がしない。
「そうね」
「マジ?」
フレンさんが俺に向き直る。
「ドラゴンアイがマナの塊だってちょっと前に説明したでしょ?」
「あぁ、たしかに。覚えている」
「マナはあらゆる物や現象に力を与えるモノっていうのも覚えている」
「うん」
ここまでお膳立てしてもらい、ようやく俺にもピンとくるものがあった。
「ドラゴンアイを武器にする?」
「たぶん…」
「あれ?なんでそこは言い切ってくれない?」
フレンさんは立ち上がって、鞄から片手でギリギリ持てるくらいの漆黒の球を取り出す。
「えっ?それってドラゴンアイ?持ってきていたの?っていうか、周りの青い部分は?」
「周りは装飾品に加工できるから売った。
それに、ドラゴンアイはこの部分を指しているようなもの」
「そうなんだ」
俺はもうなんか返事くらいしかできなくなる。
なんで持ち歩いていたのかはこの際聞かないことにしよう。
「たぶんって言ったのは、まだ使い方が不透明だから。
私たちに勝算があるとしたら、ドラゴンアイとあなたの魔具を合わせて一撃必殺の武器が作れるかどうかにかかっている」
フレンさんの言う勝利の筋書きはこうだ。
カーマからもらった力でタランチェを普通のヒューマンにして、赤髪ウパに隙を作ってもらい、ドラゴンアイで作った武器でトドメを刺す。
内容は至ってシンプル。
だがシンプルが故に、一筋の光が差し込んでくるのを感じた。
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