21:夜が来る

あれから二日。


俺たちは帰り道を探した。


どこへ行ってもかならずエルフの里へ帰れるウパに同行してもらい、外の世界への手がかりを探す。




ただの散策だというのに、ウパは一日中飽きることなく楽しそうだった。


森が好きなんだな。なんてのん気に思っていたけれど、ルパさんの話から想像するに、ウパは何年も一人で遊んでいたのかもしれない。


ちょっとだけ心が締め付けられる。


一人でいることには慣れるけれど、独りを自覚することはいつも苦しい。




「ハリネー、この虫珍しいんだよ」




「へー、すごい色だね…。よく触れるなウパは」




ウパは自慢げに笑った。


もし、俺らがウパの前からいなくなった場合、ウパは笑うことがあるのだろうか?




「あっっったーーー!」




フレンさんの似つかわしくない雄たけびが聞こえる。


急いで行ってみると、這いつくばって地面に顔を近づけていた。




「フレンさん、本当か?」




「うん、あと三個くらい見つけられれば、帰る方向がわかる。


この濃さ、だいぶ遠くまで来ているなー、ギガオウルの飛行速度恐るべし…。


他の誰かが捕まっていたら、助けられなかった」




「っていうか、接近にすら気づけなかったんだから、そもそも無理だったのでは?」




「………そうね。言い訳にしかならないけど、聞いていた話と全然違ったわ」




ちなみに、俺らが探していたのは、ミルミル茸というキノコ。


このキノコは、この森のいたる所に生えていて、奥へ行くほど色が濃くなるらしい。


だから、見つけたキノコよりも薄いキノコがあれば、そっちが帰り道ということ。




「よっしゃ。ウパ、このキノコが他にもないか…」




振り返った俺の目に、寂しそうな顔をするウパが映る。




「うん、じゃあもっとあっちへ行ってみようか」




ウパは俺らに気を使って笑う。


年上とはいえ、子供にあんな態度を取らせてしまっていることがつらい。




「あんまり、情を持ったらダメだよ」




「…わかっている」




そういうフレンさんだって、今日はまだ軽口を聞いてないぞ。




数時間後。


俺らは無事、ミルミル茸を数個見つけることができ、外の世界への方向がわかった。


時間的にも遅くなってきたので、俺らはエルフの里へと引き返す。




「明日からはどうするの?


いったん帰る…感じじゃなさそうだけど」




「もちろん、ドラゴンアイ探しを再開する。


森の奥、ギガオウルの羽、ウパの存在、見つけられる可能性は高い」




俺も正直それがいいと思った。


ドラゴンアイへの執念ではなく、ウパと一緒にいる時間が理由だが。




「そうだウパ、ちょっと聞いてみたかったんだけど」




「なに?」




「えと…その格好で寒くないの?もしくは…」




「…?寒くないよ。私からしたら二人が厚着だよ。


それじゃマナを感じられないじゃん」




「マナを感じる?」




「エルフはマナを肌で感じることができるって書いてあったけど、それも本当だったんだ」




そうなんだ。


フレンさんはとりあえず何でも知っている。


同じエルフに関しても、小説の知識と冒険の知識では、こんなにも差があるのか。




まぁ、それはさておき、俺はまだその格好に慣れないぞ。


その…悪い男が寄ってきたりしないのだろうか?




(大丈夫よ)




(うわっ、え?俺、しゃべっていた?)




フレンさんが突然トークレスで話しかけてくる。




(顔に書いてあった気がした)




(さすがです。


それで、なんで大丈夫なの?まだ子供とはいえ、その…けっこうあれだし…エルフって自我が強いとか?)




(エルフは、人間と違って発情期があるのよ)




(は…発情期?)




(そう。たぶん、仮に美女が童貞に迫っても、なに発情してんだよって振り払うでしょうね)




(なんか…効くなーその例え)




そうなんだ。


なら安心か、なんて思ったけれど、それは発情期になればウパも…いつかは求めるようになるということで。




(ち、ち、ちなみに、その発情期っていつなの?)




(………。あっ、ちょうど今かも、たぶん)




(そうなの!?)




(春先に出産ラッシュって書いてあった気がするから、逆算するとそうなるかも。


妊娠期間が人間と同じならね)




じゃあ、俺らが寝ている間に、そこら中の家で行われていたってこと?


ウパや、ルパさんはいったいどうしているんだ?




(期待するだけ無駄よ。あなたは人間、相手はエルフ。


似ているけどまったく別の種族なんだから。


ルパさんも過去の反省があるから、わざわざあなたの所へ行くことも無いだろうし)




…そうですね。




(ちなみに、冒険中は私もダメよ)




(わ、わかっているさ)




…。


……。


………。




その晩。


俺はうっかり寝付けなかった。


ただでさえエルフのきれいな肌が目の前にあるのに、あんな話をしたから妄想がとめどなく流れて来る。


発散させる手段を持たない哀れな男は、体を丸め、かつての職場を思い出し、必死で気を静めようとする。




「すごいな」




ぽつんと独り言を言う。




汚い一人部屋で自分を慰めていた自分が、伝説のエルフの里で明日に備えている。


突然、これは夢なんじゃないかと錯覚する。


歩き回って足が痛い。ギガオウルにやられた傷跡がある。そして、この冒険者ライセンス。


こんなに証拠があるのに、実感が薄れていっている気がする。




いや、これは現実だ。




まだ冒険者になって一か月も経っていない。


魔法は借り物だし、基本的にフレンさん任せ、それじゃこんな感覚にも陥る。


もっと、強く、賢くならないと。




そんなことを考えていると、眠気が襲ってきた。


気が張ると無意識に逃げようとするのは、まだクセになっているようだ。


俺は寝る体勢になった。




ギィィィィ。




俺の部屋のドアがゆっくり開く。




「ハリネ…寝ちゃった…?」




入ってきたのは、パジャマ姿のウパ。




眠気が一瞬で消える。


まさか?


いや、本当にこれは夢だったり?

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