30:親子
ウパの旅立ちは、ウパ本人の口からルパさんに告げられた。
我が子を思う苦渋の決断。ルパさんも涙を流しながらウパを抱きしめた。
その晩のごはんは豪華になっていたが、いつもより静かだった。
タン達は気まずそうにしていたので、食後にこっそり事情を説明しておいた。
そして、ついに迎える外の世界へ帰る日。
玄関を出た所で、俺たちはウパを待っていた。
最後の親子水入らず。無粋なことはせず、黙って待つ。
ドアが開いた。
中から出てきたのは、薄着だったウパではなく、街で見るような普通の恰好をしたウパ。
ぱっと見はかわいい普通の服だが、よく見るとかなりしっかりとした生地でできている。
「えへへ」
新しい服を俺らに見られて、少し照れている。
「どうしたんだい、その服?」
「ママが作ってくれたの」
「すごいね。かわいいよウパ」
サンがすかさず褒めてくれて、ウパがうれしそうに笑う。
「この服。パパの服なんだって」
ウパはスカートを掴みながらそう言った。
冒険者が着る服だったから生地がよかったのか。
言われてみれば、大人の男性用の上着をうまいこと飾り付けて、女の子用の服に仕上がっている。
「ウパ」
ルパさんもウパを見送りにやってくる。
手にはネックレスが握られていた。
「あなたにこれを…」
ルパさんがウパにネックレスを付けてあげる。
「これって」
「そう。これは私がおばあちゃんからもらった物。そして、昔から受け継がれている我が家の宝。
あなたにこれをあげるわ」
「…でも」
「もし将来、あなたにも子供ができることがあったら、これをまたその子に…」
ルパさんが言葉を詰まらせる。
ウパの両腕を掴み、膝をつく。
「伝統を守ってとか、どこへいてもあなたは私の子供よとか、そうじゃなくて…ううん、そうなんだけど、わたしは…わたしは…」
ルパさんはポロポロと泣いていた。
「私は、あなたの母親でいたいの。
元はといえば、私があなたにおかしな運命を背負わせてしまった。
あなたを慰めることができても、あなたを守ってあげることができていなかった」
俺の鼻がツンとしてくる。
こんな俺にも、大切にしてくれていた親がいたことを思い出した。
「私が不甲斐なかったから、あなたがここを去るしかないのもわかっています。
でも、それでも…」
「ママ…」
泣き崩れている母親に、ウパは何を思うのか?
「私はあなたを愛しています。大好きなの。あなたは私とあの人の子。
あなたが幸せになれるなら、私の事など忘れてしまっても構わないけれど、
どうか、それまでは私を母親でいさせて…」
人間と恋をし、子供授かったエルフ。
子供を愛し、幸せを願っている母親。
一時の行いが不幸を招いたと苦しむ女。
子供がかわいくない母親などいない。
けれど、そのために自分のすべてを犠牲にできる母親もそうはいない。
母親にだって、自分の幸せがある。
この先どうなるのかはわからないが、自分と子供の天秤に苦しんできたエルフの人生に、一つの区切りがついた。
「ママのこと、私は絶対に忘れないよ。
私もママのこと、大好きだもん」
親子は最後の抱擁をして、お互いの愛を確かめ合った。
俺は、目頭が熱くなっているのを感じ、必死に涙をこらえていた。
歳をとると涙脆くなっていけない。
ここで外野も泣いてしまうのは、ちょっと違うというか…。
「うおーん、いい話だなー」
タンは号泣しながら、しっかりと感想を口にしていた。
サンとスイも涙を拭っているし、フレンさんも目を赤くしている。
あれ?我慢している俺って感覚がずれている?
「ママ。私、行ってくるね」
ウパの方から、ルパさんから離れていく。
ルパさんはまだ名残惜しそうしていたが、寂しそうな笑顔を浮かべ、腕を下ろした。
「はい、いってらっしゃい」
その一言に、ウパは号泣する。けれど、その場を動かなかった。
エルフの里に、女の子の鳴き声が響き渡る。
それは、助けを求める子供の声ではなく、一人立ちへの最後の甘え。
私が泣くのはこれが最後。これからは笑って生きていくという誓い。
ウパは涙を拭き、こちらへ振り返る。
目元をぐちゃぐちゃにした一人の冒険者の顔があった。
「ウパ、行こうか」
「うん」
ウパが歩き始める。俺らはそれに続く。
ルパさんは立ち上がり、それを黙って見送った。
ウパは振り返らない。
里のエルフ達が俺らを遠巻きに見ている。
あの奇妙な子が、外から来た変な奴らと歩いている。きっとこのまま出ていくんだ。
そんな空気を感じる。
ウパはお前らのために出ていくのに。そう思うと少し腹が立つ。
しかし、ウパは気にしていないようだった。
固い決意と確かな絆。新しい人生に胸を躍らせている。
若者の成長は早いな。最初に会った時の子供っぽい印象は、俺の中からすっかり無くなっていた。
「いやーしかし、歩いて帰るってのは少し気が滅入るな。
ウパちゃんがいるから、かなり楽になると思うけど」
タンが不意にそんなことを言う。
「そうだった…、また何日も野宿かー」
「街に帰って、髪や肌が痛んでいるのを見るのって、いつになっても慣れないもんね」
サンとスイも愚痴を言う。
そうだった。俺らはギガオウルで飛んできたから一日で着いたが、深い森を歩くのは時間がかかる。
マジかー。出発前から疲れが出てくる。
「生きて帰るまでが冒険よ」
「そうですね」
「外の世界、楽しみだな」
「ふふ、ウパはすっかりハリネよりも冒険者らしいね」
にっこり笑うウパの笑顔に俺は癒される。
俺の人生に初めて後輩ができた。
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