39:フレン

廊下を抜けた先は海底ではなく地上だったのだが、俺の知っている地上とはまったく異なっていた。


黒ずんで壁のように固い地面から、その色が移ったかのように濃い木々が並び立ち、真っ青な葉を付けている。


上はどんより暗く、太陽光は入っているようだが空を見ることは叶わなかった。


どこにでもある岩のように、点々と水晶が転がっている。触ってみるとひんやりしていて、ここが涼しいのは天候のせいだけではない感じだった。


たまに光を放ちながら飛んでいる羽虫を見かけたが、それ以上大きい生き物にはまだ出会っていない。


適当に進んで行くと、崖が抉れて屋根のようになっている場所があったので、そこで腰を下ろすことにした。




「ウパ、あいつらが追ってくることはないのか?」




俺の気がかりはやはりあの老婆たちだ。


会話を聞いていた限り、ウパも捕獲対象に入っている。




「うん、あの道はすぐに閉じられる。ここへは来れない。…簡単には」




「いつかは見つかるってことか」




当然のことながら、みんな暗い顔をしている。


それぞれ思うところがあり、聞きたいことがたくさんあるのだが、そんな気分になれないし体力も今はない。




「でも、いますぐってわけじゃないなら、まずは休もうか」




俺は立ち上がると、腰に付けている魔具入れから空気が入っていない風船のような物を取り出す。




「バルーンルーム」




暗証コードを唱えると、風船は割れることなく膨らみ続ける。




「ちょ、ちょっと何しているの?」




ずっとだんまりだったフレンさんが声を上げる。


数々の修羅場をくぐってきていても、いつ割れるかわからない風船は怖いようだ。




「大丈夫、これは割れないから」




「本当なの!?」




風船にべったりくっついているフレンさん。


顔が面白いことになっているのは黙っていよう。




「あっ、すごーい。私を通り抜けた」




ウパが説明してくれた通り、バルーンルームは人間を内側に含んでさらに膨らみ続ける。


崖は透過せずにぴったりと張り付き、一部屋分くらいまで大きくなったら止まった。




「これは、空気は通すけど雨風や虫などは入れない……魔法…」




いつものように魔具を説明しようとしたが、俺はちょっと空しくなってやめた。




「………」




俺は黙ってしまい、フレンさんもしゃべらない。


ウパはどうしたの?と二人の顔を伺っている。




「ウパ、もうその姿でいる必要はないんじゃないか?」




「そっか、そうだね」




赤髪からいつものウパに戻る。




「………」




バルーンルームのおかげで中は暖かくなってきて、体が休まってきた。


ウパは疲れてしまったようで、俺の膝を枕にして眠っている。


ウパにも聞かなくてはならないことがあるが、まずは…。




俺らから少し離れたところにフレンさんは座っている。


心なしか、いつもより遠い。




話を聞いた結果どうなるかはさすがにわからないが、俺は怒ったり悲しんだりしているわけではない。ただ、まずは真実が知りたいだけなのだが、こういう時はなんて切り出したらいいのだろう?




「…なんにも聞かないの?」




フレンさんが俯いたままぽつりと言った。


俺が話を聞きたいように、彼女もまた話しておかないといけないと思っているのかもしれない。




「その、聞こうとは思っていたんだけど、なんて言ったらいいかわからなくて」




「なんか、いつも通りな感じだけど、まさか自分の勘違いかもなんて思っているの?」




フレンさんらしくないうじうじした言い方だった。


不思議だな。俺としては、あの態度だけで十分なところがあった。


こっちの機嫌を伺いながら拗ねているような感じが、俺への信頼のようにも思えたからだ。


でも、これからどうするのかを決めるためには、知っていることを共有する必要がある。


俺はフレンさんからすべてを聞くことを決めた。




「フレンさんは…その、俺が何者か知っていたの?」




「ううん、知らなかったし、今でも何をしていた人なのか知らない」




「そっか。じゃあ、あの老婆との関係は?」




すぐに答えてはくれなかったが、フレンさんは静かに話してくれた。




「あの人は、私の雇い主だった人。


依頼内容は、あなたを冒険者にさせて、ドラゴンアイ探しをさせること」




ズキリと胸が痛んだ。


覚悟はしていたけれど、俺とフレンさんの出会いは偶然なんかじゃなかった。


悲しくなって変な声が出そうになったが、ぐっと堪える。




「それって、もしかして、マフィアに追われていたのは嘘ってこと?」




「うん」




「職業案内所で声をかけてくれたのも?」




「うん」




「そっか…」




「一時的なパーティーでも、合同のダンジョン攻略みたいに仲介人が必要なんだ。


だから、あのまま私とホオジ山へ行った時点で、あなたが冒険者じゃないのは確定だったってこと」




フレンさんは無理に笑った。


それだけ俺との出会いはでたらめだったというわけだ。




「…じゃあ、なんでそんな依頼をするのかってのは聞いている?」




「聞いてない。


大金を払ってくれたし、最初は言われたことをすればいいだけだと思っていたから」




"最初は"っか…。


そこは、あの老婆との決着をつけてから聞くことにしよう。




「ってことは、海底神殿はフレンさんの意思で一緒に来てくれたわけだ」




「…!」




俺がちゃかすように言ったことに驚いて、ひさしぶりにフレンさんと目が合った。




「それは…」




「もしそうなら、俺は今まで通りフレンさんを信用できる」




「………なんでそんなこと言えるの?


私は、人に言われるがままあなたを危険な目に合わせたんだよ?」




「それでもいいんだよ、俺にとっては。


ダサい話だけど、俺は中途半端な夢にやぶれて死んだように生きてきた人間だ。


誰かの陰謀だったとしても、フレンさんと冒険できたのが何より楽しかった」




ありがとう。照れくさくって言えなかったけど、心の中ではつぶやいた。




「くすっ、なによキザったらしい」




フレンさんがようやく笑ってくれた。




「なにより、俺らと一緒にここまで来ちゃったらもう一蓮托生でしょ?」




「言わないでよ、後悔しちゃうじゃん」




フレンさんが俺の肩を軽くこずく。


その時埋まった間隔は、ウパが目覚めるまで開くことはなかった。

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