第19話

 ヘンドリックスはミリアと別れた後、その足ですぐさまジルベスターのテントへ向かった。

ジルベスターのテントは周囲のテントより一回り大きく、出入り口に護衛騎士が立っていた。


「閣下にお目通り願いたい」


「閣下は約束のない者とはお会いにならない」


「頼む!閣下にとって有益な情報がある!何とか取り次いでくれ!」


「ダメだ。この時間は誰も通すなと言われている」


「取り次いでくれるだけでいいんだ!」


テントの出入り口でヘンドリックスと護衛騎士が言い合いをしていると、中からクリスが姿を現した。


「何を騒いでいるのですか、中まで聞こえてます。ヘンドリックスさん、閣下が特別にお会いになると仰ってます」


「ああ!クリス!感謝する」


護衛騎士とのやり取りがジルベスターの耳にまで届いていたらしく、入室の許可が下りた。

テントへ入ると、ゆったりと肘掛け椅子に腰を掛け、険しい表情のジルベスターがいた。


ヘンドリックスは慌てて跪き頭を垂れる。以前まで存在していた信頼し合った忠臣と君主の関係はそこにはない。


「ヘンドリックス、朝から何用だ」


「は、申し上げます!

あのミリアという女は我々を謀っておりました!あの女は聖女と同等の魔力を持ちながら平民並であるかのように誤魔化していることが判明しました!

あの女を第二夫人として据え置いて、聖女でなくとも閣下に相応しい令嬢を正妻としてお迎えすればよろしいのです!

そうすれば閣下のお命の安全を確保し、ヴェルサス家に繁栄をもたらすことが可能となります!」


言いきった。これでジルベスターは嫁いでくれる聖女探しに奔走しなくて済み、ミリアを聖女としてジルベスターの後ろに控えさせれば、例えジルベスターに万が一が起きても直ぐに治癒できる。


これで側近へ復帰できる。と満足気にヘンドリックスは顔を上げた。

しかしその目に映るジルベスターは怒気をはらんだ冷酷な瞳で彼を見下ろしていた。


「あ…」


───しまった。あの女では第二夫人でも不服だったか。


「も、申し訳ございません!第二夫人でなくとも愛人として囲っておくのでもいいのです!あの女は囲っておく必要があるだけで…!」


どこまでもミリアを下に見て、ジルベスターが怒る理由を理解しないヘンドリックス。


「残念だ、ヘンドリックス。お前は自分の何が悪いのか分かってないようだ。今後二度と私に近づかないでくれ。ついでにミリアや私の側近、護衛に接近することも禁止する」


ジルベスターはミリアの人生を、ジルベスターやトマソンの都合だけで振り回している。

それならばせめて、快適な暮らしを提供するつもりでいたのが、知らなかったとはいえ囚人のような生活を強いていた。そんな彼女にジルベスターがしてやれることはなるべく彼女を束縛しないことだった。


「そ、そんな…」


愕然とするヘンドリックス。

ジルベスターに喜んでもらえる情報だと思っていた。この男は十六の歳からジルベスターに仕えているが、ジルベスターの思いを理解せず自分の思いを押し付けるきらいがあった。


「もういい、下がれ」


冷たくいい放たれて、青ざめたままのヘンドリックスは護衛騎士に引きずられるように出ていった。


ヘンドリックスの頭の中ではどうすれば挽回できるか、どうすれば再びジルベスターの側に侍ることができるのか、そればかり考えていた。







 ミリアとフェルナンドは二人で協力して二つの大鍋にたっぷりの水を注ぎ、竈に火を着ける。片方の大鍋には治療器具を入れて煮沸消毒をする。もう片方は湯冷ましして、傷口の洗浄用に1%濃度の食塩水を作ったり、飲用水として使ったりする。


沸騰するまで時間がかかるため、その間朝食を食べることにした。

ついでにまだ寝ている他の治癒士たちをそろそろ起こさなくてはいけない。

ミリアは六人分の朝食をテントへ運ぼうとしたところへ、フェルナンドが声をかけた。


「半分持つよ」


「あ、ありがとうございます」


「遠慮しないで、気軽に声をかけて欲しい」


「はい、ありがとうございます」


フェルナンドにテント前まで三人分の朝食を運んでもらいそれを受け取ると、自分用の朝食をもらうために再度兵糧班の方へ向かって行くフェルナンドの後ろ姿を見送った。


───真面目で優しい人ね。


昨晩の夕食のときやたら質問してきたり、今朝は妙に親切だったりとミリアを気にかけているのは分かるが、だからといって恋愛の対象として口説いてくるよう素振りもない。


何を考えているのかよく分からないが、悪い気もしないのでその親切を受け入れることにした。


ミリアがテントの中へ入ると皆起きていて、にやにやとミリアの方を見ていた。


「ミリアちゃーん、やるわねぇ」


とアルマ。


「男に興味ないですぅって顔してる人ほど美味しいとこ持ってくのよねぇ」


とエルザ。


「戦場という特殊な環境が二人の気持ちを高ぶらせるのね!」


とニコル。


「ちょっとニコルまで変なこと言わないでよ…」


皆何か勘違いしているが、そんな甘い雰囲気はフェルナンドから感じられない。もちろん、ミリアもそんなつもりはないのだ。


「でも、確かフェルナンド先生は婚約者がいるんじゃなかったかい?」


と一番年上のキャシーが聞いた。


「私が聞いたのは幼馴染みの婚約者がいるって…」


とドーラが言った。


「ほら、私とフェルナンド先生とは何もないのよ。フェルナンド先生は親切にしてくれただけよ」


とミリアは言ったが、なんとなくそれだけではないことは感じていた。


アルマとエルザだけは「きゃっ、略奪愛!?」「どろどろの三角関係!?」と盛り上がっている。


「おそらくフェルナンド先生が独立するときの治癒士のスカウトだと思うわよ」


とドーラが冷静に言うと、だよねーという空気が流れた。

そうなのかな。と思いつつも、まだ何も言われていないミリアとしては複雑な気持ちだった。


「さぁ、せっかくミリアが食事を持ってきてくれたんだ。ちゃっちゃと食べて仕事だよ」


「「「「はーい」」」」


ミリアたちはテントで朝食を食べた。

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