第7話
ヘンドリックスと謁見室を退室すると「ここで待っていろ」とミリアはそのまま廊下で待たされた。
しばらく待つと、ヘンドリックスは一人の女性を連れて戻ってきた。
「ハンナ、この者が例の治癒士だ」
「貴女がミリアね。これから私が貴女のお世話をすることになりました。部屋へ案内するので着いて来なさい」
挨拶もなく、ハンナと呼ばれた女性は歩きだす。
ハンナは代々ヴェルサス家に仕える子爵家の二女で、己もまたヴェルサス家、特に憧れのジルベスターに心酔しジルベスターが妻を迎えたならその女性の侍女として支えるのが夢であった。
それが半分平民の血が流れ、淑女としての教養を何一つ身につけていない下賎な女が、己の敬愛するジルベスターの妻になるなどと例え仮初の婚姻だとしても許せなかった。
ミリアとハンナは一度城を出て、別の赤いレンガの建物へと入る。
そして建物の三階にある一室に到着した。
「ここが貴女の部屋です。貴女にはジルベスター様にもしものことがあった場合に速やかに対応できるよう、常にこの部屋に居て頂きます。
食事は朝と晩、別の使用人が運んできます。洗濯や掃除も定期的に入ります。その他要望がある場合はその都度言って下さい。それでは私は忙しいので失礼します」
「あ、あのっ!」
「何か?」
「外出はできないんですか」
「護衛のための人手も足りないので難しいです。それでは失礼します」
ハンナはそっけなく断り、速やかに部屋を出ると、バタンと扉を閉めてカチャリと鍵を締めた。
ミリアはハッとして慌てて扉に手をかける。
───閉じ込められた!?
ガタガタと扉を押したり引いたりしてみるが全く開かない。
───何故閉じ込められなければならないの!?
「ハンナさん待って!鍵を開けて!」
扉には目の高さに顔より小さな窓がついており、扉の向こう側を見るとすでにハンナは行ってしまっていた。
ミリアはしばらく扉を強く押し引きしていたが、次第に疲れてしまい諦めた。
閉じ込められた部屋は広く、天蓋付きの大きなベッド、カウチソファ、ダイニングテーブル、鏡台もある。
他にもサイドボードや本棚、書き物机もあってこの部屋から一歩も出ずとも生活できるようになっていた。
しかし今はまだ昼前だと言うのにこの部屋は薄暗い。
採光用の窓は部屋の大きさの割に小さな窓が二つしかなく、しかも開けて風を通すことができなかった。
ミリアは少ない荷物の荷解きを済ますと、カウチソファに腰を下ろした。
───私、監禁されたみたいね。
一瞬、ジルベスターの指示かと思ったが、なんとなく違う気がした。
どちらかと言うとヘンドリックスやハンナの独断のような気がして、なぜ自分がここまで嫌われなければいけないのか、ミリアには理解できなかった。
「ドリトン先生…奥様…」
王都で離れ離れになってから一度も連絡することができなかった親代わりの人たち。きっと心配しているだろうと思うと恋しくなった。
───せめて手紙でも書こう。
部屋の書き物机の引き出しには、レターセットと筆記具が入っていた。
ミリアはそれらを取り出し手紙を書く。
ジルベスターの名前は伏せておき、ヴェルサス辺境領の貴族の下で治癒士として働くことになった、私は元気でやっているから心配しないで欲しいと書き綴った。
夜になると、ただでさえ静かな部屋がより静けさを増して怖いくらいだった。そこへカチャリと鍵を開ける音が聞こえ扉が開く。
「失礼します。お食事です」
食事を運んで来たのは年嵩のメイドで、手にはトレイに載せられた食事を持っていた。
メイドはツカツカと部屋へ入るとダイニングテーブルへそれを置き、すぐさま去ろうとする。
「あの」
「はい?」
メイドは面倒臭いと言わんばかりの顔をしかめて足を止めた。
「王都へ手紙を出して欲しいのですけど…」
「…わかりました。ハンナ様に聞いてみます。お返事は食器をお下げするときでよろしいでしょうか」
「ええ、大丈夫です」
「では」と少しだけ頭を下げてメイドは部屋を出て行った。
どうやらミリアは平民であろう給仕のメイドにも嫌われているらしい。
ミリアは深い溜め息をつくと食事をしようとテーブルに着いた。
「何…これ…」
ミリアのために出された食事は、パサパサに乾いた黒パン、ほとんど具のないスープ、そして発酵の進みすぎたチーズ一切れだけだった。
裕福とは言えないミリアでも、普段はもっとまともな食事を摂っていた。
むしろ治癒士として安定した収入があったために食事でひもじい思いをしたことがない。
───部屋は立派だけとこれじゃ囚人と同じじゃない。
私が何か悪いことをしたとでも言うのかしら。
残り物のような食事を終えてしばらくすると、先ほどのメイドが食器を下げに来た。
「ミリア様、手紙の件ですが、外部との連絡は避けていただきたいとのことで、お許しいただけませんでした」
「な!どうして、家族に手紙を出すことも許されないの!」
「私は言われたことを伝えただけですので」
「そんな…」
確かにこのメイドに文句を言ったところでどうしようもない。
しかし離れた家族に便りを出したい気持ちはハンナにも理解できる筈だ。なのにそれさえも許されないのはどういうことなのか。
ミリアはこの理不尽な扱いに、ひたすら悲しくなるばかりだった。
最初の一週間は一日二回の粗末な食事ではお腹がすいてどうしようもなかったが、部屋から一歩も出ることがない生活のせいか慣れてしまった。
ろくに人と接することなく、本棚にあるつまらない本を読むか、開かない窓から空を眺める以外何もすることのない鬱々とした日々を過ごしていると、どうしてか悲しくもないのに涙を流すこともあった。
二週目になると時間や日にちの感覚がおかしくなっていた。
今日は何日で、今は何時なのか。
部屋に時計がないのもあるが、食事が運ばれてようやくおおよその時刻が判断できている状態だった。
ミリアは何度も外出したい、手紙を出したいと願い出た。しかしその度に何かしらの理由を付けて断られ、今では自分が一体何のために生きているのか、生きている意味はあるのか。
そんなことさえ分からなくなっていた。
そんな日々を一月ほど過ごしたある日のこと。
時刻は深夜の二時を回ったころだった。夜の静寂を破る、ミリアの部屋の扉をけたたましく叩く者がいた。
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