第11話
医務室のメンバーとの挨拶を終えると、「あとは宜しくお願いします」と言ってクリスは出て行った。
そして朝から医務室に来る患者は多く、治癒士が二人いるにも関わらず忙しかった。
切り傷、打ち身、捻挫、骨折、熱傷…外傷患者がとにかく多い。
しかも魔法攻撃を使った訓練をするため、全身傷だらけでやってくる者もいる。
一人一人問診して、カルテを書いて…など診療所でやっていたことはここではしない。
ひたすら流れ作業のようにジェイドが怪我を診て治療方針を決めて、ミリアとニコルがそれに従う。
その間ミリアは「おっ?新人さん?」とか「新顔だね!」など気さくに声をかけられ、やはり自分の居場所は平民としての治癒士なんだと再認識した。
そしてとても驚いたことがある。ニコルの治癒魔法の使い方がとても独特であった。
魔力が少ないと言っていただけのことはあって、魔力を練り上げても右手の人差し指にしか集まらない。
そして人差し指の先から、切り傷の場合は糸のように細い魔力を出して縫合するように。
擦り傷や熱傷などは軟膏を塗るように魔力を患部にぬりぬりしていた。
魔力にそんな使い方があるのかとミリアはひたすら感心した。
そして午前の診察も一段落したころだった。
髭もじゃでムキムキの兵士が診察室へやって来た。その兵士は朝方まで飲んでいたらしく、お酒の匂いを漂わせている。
「ニコルちゃーん、胃がムカムカすんだよ。聖なる飴ちゃんくんないかなー」
───聖なる飴ちゃん?
「もうっ、ガウス隊長また飲み過ぎですかぁ?」
そう言いながらニコルは薬を保管している棚から飴玉の入った瓶を手に取ると、一粒だけつまみ上げる。
そして魔力を練り上げてその飴玉に込めた。
「はい、あーんしてください」
ニコルに言われガウス隊長と呼ばれた髭もじゃ男は大口を開けて、そこへニコルは飴玉を放り込んだ。
───は?
「ニコルちゃん最高。胃のムカムカが治まってきたよ。また宜しくなー」
「おいガウス!貴重なニコルの魔力を二日酔いのために使うな!」
「気を付けまーす」
と言いながらガウスは軽く手を上げて去って行った。
飴玉に治癒魔法を込める方法があると初めて知ったミリア。あれなら魔力が少ないニコルでも内疾患系をある程度カバーできる。
自分もできるか確かめて見ようと思うミリアだった。
午前の診察が終わり、お昼の休憩時間になると、ジェイドは用事があると言って外へ出掛けた。
「ミリア、私たちもお昼にしましょ」
ニコルは診察室の扉についたプレートをひっくり返し『休憩中』とした。
「私たちはいつも兵士や騎士様が使ってる食堂でいただいてるの。どれだけ食べても無料なのよ」
一旦診察室を出て、騎士や兵士の宿舎へと向かう。そこの一階は出入りが自由の食堂になっていた。
そこはビュッフェ方式で、オープンキッチンの前には山のように盛られた料理がテーブルの上に並べられていた。そして食べたい料理の食べたい分量を各自取り分けるスタイルだった。
「はい、トレイを持って、大きいお皿と、中くらいのお皿と、小さいお皿と、カップね」
「あ、ありがとう」
ニコルはミリアのために積み上げられたトレイや皿を一枚ずつ取り、それを渡していく。
「これ、おすすめよ。これ、私大好きなの」
と次々に自分の皿とミリアの皿へ載せていく。世話焼きのお姉さんのようだ。ミリアとしても王都では見たことのない料理があるので有り難かった。
空いている席を探し、向かい合って座る。
「ニコルは面白い治癒魔法の使い方をするのね」
ミリアはニコルが傷口の縫合や、患部に軟膏を塗るような治癒魔法のことを聞いた。
「私の治癒魔法を初めて見た人は皆そう言うの。
私ね、孤児院出身でね。そこの孤児院はいつもお金がなくって、子供たちが怪我をしても、熱が出てもお薬を買ってあげられなかったの。なんとかしてあげたいって思ってたらいつの間にか治癒魔法ができるようになってたわ。
だから誰かに治癒魔法を教えてもらったとかじゃないから、傷口を縫い合わせたいって強く思ったから指先から糸みたいな魔力が出てくるし、軟膏を塗ってあげたいって強く思ったから指先から出てくる魔力をぬりぬりするようになったの」
「じゃあ、飴玉に魔力を込めるのも?」
「そうなの。お薬を買うお金がなかったから、飴玉を一粒だけ買って魔力をこめてみたら上手くいったの。私の手から直接お口に入れてあげなくちゃいけないけどね」
ふふふと笑ってニコルは言った。
子供思いの優しい女性。
ミリアはニコルが大好きになった。
「ねぇ、ミリアの出身ってどこなの?」
「私は王都出身」
「その可愛いワンピースって王都で…」
とニコルがミリアの着ているワンピースについて何かを聞こうとしたが、口を半開きにしたまま止まってしまった。
「?」
気が付けば周囲の人達も会話を止め、フォークやスプーンを置いている。
ニコルの目線がミリアの背後へ向いているのに気付きミリアも振り向いた。
───閣下がなぜこんなところへ?
ミリアの真後ろにはニコニコと嬉しそうなジルベスターと、クリスが立っていた。
「君が新しく採用された治癒士だね?」
「はい、ミリアと申します」
慌ててミリアは立ち上がり、頭を下げる。白々しく感じるが、一応初対面の振りをする。
「新しい職場はどうだろうか」
「はい、パーカー医師も先輩のニコルさんもとてもよくしてくれます」
「それは良かった。慣れないことも多いと思うが頑張って欲しい」
「はい、誠心誠意尽くして参ります」
「期待している」
そう言ってジルベスターは踵を返し、クリスも去り際軽く手を振り食堂を出て行った。
───もしかして心配、してくれた…?
食堂は元の賑やかさを取り戻し、ニコルは「王子様みたい…」と呟いている。ミリアは去っていくジルベスターの後ろ姿を見つめていた。
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