第22話
しばらくさぼっていた『聖なる飴ちゃん』にミリアは久しぶりに挑戦していた。
相変わらず指先から飴玉はぼろぼろと崩れてしまう。
たまに割れることなく原型を留めていることもあるが、それは口の中に入れたとたんにぼろぼろと崩れてしまい、結局は成功と言えるものではなかった。
「糸を出すような感覚よ、頑張って」
「ニコルは簡単に言うけどそれが難しいのよ。どうしても雫が落ちる感じになっちゃうのよ」
「うーん、後もう少しなのにね」
「あーあ、魔力絞って少しずつ出すのって疲れるわ。いっそのこと瓶ごとやってみたら上手くいくかも。──えいっ!」
「あら?」
「あら?」
思い付きで瓶ごと治癒魔法を込めるミリア。結局は、瓶の中にある飴玉は全て割れてしまった。
しかし、飴玉に治癒魔法を込めるのは失敗しても、その容器である瓶に成功してしまった。
「ふむ、面白いものができあがったな。見せてごらん」
ミリアたちの様子を見ていたジェイドはミリアの手から瓶を抜き取ると、中の砕けた飴をザラザラとゴミ箱へ捨て、まじまじとそれを見つめた。
「やはりな。付与されている。
試したいことがあるからニコル、一つ飴ちゃん作ってくれ」
「はい」
ジェイドは瓶を光に透かしたり、逆さにしたりしながらニコルに指示した。
ニコルは備品として用意してあった飴玉の瓶の中から一つつまみ上げると、『聖なる飴ちゃん』を作り、治癒魔法の付与された瓶へコロンと入れた。
「ニコル、ミリア、悪いがしばらくこれ借りるよ」
そう言ってジェイドは瓶を手に何処かへ行ってしまった。
*
数日が経ち、ミリアとニコルの頭の中では、治癒魔法が付与された瓶のことなどすっかり忘れ去られていた。
今は患者はおらず、医務室でミリアとニコルが雑談をしていたところへ治癒魔法が付与された瓶を片手にジェイドが戻ってきた。
「ニコル、『聖なる飴ちゃん』は一日でいくつ作れる」
「んー、他の治癒に魔力を使わなければですけど…三十個くらいです」
「二人とも、これを見てくれ」
「これは…私が魔力込めた瓶ですね」
「まだミリアの魔力が残ってる」
「その通りだ」
ジェイドが机の上に置いたのは数日前にミリアが治癒魔法を込めた飴玉の瓶。
時間の経過とともに魔力が放出されてしまったのか、瓶に込められた魔力が半分まで減っていた。
「この中にニコルの作った飴ちゃんを入れておき、三日後にそれを服用。その結果、飴の効能が保持されたまま以前と変わらない効果が発揮された」
「それって…作り置きができるってことですか?」
とニコル。以前から孤児たちのために『聖なる飴ちゃん』の作り置きができたらとぼやいているのをミリアたちは聞いていた。
「その通りだ。瓶はガラス製だから魔力を保持し続ける能力がせいぜい五日程度だと見込まれるが、容器を鉄製、若しくは銀製へと変えれば数ヶ月、若しくは数年と保ち続けるかも知れん」
「それは便利ですね」
「実はこれを閣下へ報告したところ、戦闘中の軍へ支給したいと仰せだ。
ニコルは疲労回復の飴ちゃん作成。ミリアは瓶への魔法付与と患者への対応。宜しく頼む」
「「了解しました」」
こうしてニコルは一日中『聖なる飴ちゃん』作りにかかりきりになり、ミリアは一日一瓶の魔法付与と、時々戦地から帰還してくる重傷患者の対応をすることになった。
飴の詰まった瓶を一瓶、中身だけをザラザラと皿の上へ出す。
空の瓶はミリアが治癒魔法の疲労回復を丁寧に込める。その疲労回復が付与された瓶の中へニコルが一つ一つ疲労回復の治癒魔法を込めた飴玉を収めていく。
ニコルは多少の無理をしつつも、昼寝や休憩を挟んで魔力を回復させ、一日で三十五個の『聖なる飴ちゃん』を作り上げた。
そして翌日も三十五個。
三十五個入りの瓶が二瓶でき上がると、騎士がそれを抱えて早馬を走らせる。
また翌日も、そしてまた翌々日も同じことを繰り返した。
ニコルは黙々と飴玉に魔力を込め続ける。
「私が『聖なる飴ちゃん』作れたらニコルに負担かけなくて済んだのに」
「いいの。私って魔力が少ないから、戦場では一番に寝込んでたでしょ。ミリアに一番負担かけてたし。
こんなんじゃ全然役に立てないって情けない気持ちでいっぱいだったの。
だけどこれなら私でも役に立てれるって思ったら嬉しくって。もっと頑張ろうって思えるの。それにミリアのおかげね」
そう言ってニコルはトントンと指先でミリアの治癒魔法が込められた飴玉の瓶を叩いた。
「違うわ。ニコルの力と私の力。二人の力のおかげよ」
「うん!そうよね!」
ミリアとニコルはお互い顔を合わせて微笑みあった。二人で力を合わせてできることがある。それが嬉しかった。
ミリアは一日一個、ガラス瓶へ魔法付与をしていたが、それがある日銀製の容器へ付与するようにと言われた。
これでより長期の保存が可能になるが、銀はガラスよりも多くの魔力を必要とした。
本来なら平民並みの魔力以上に魔力を使いたくないところだったが、頑張って作業を続けるニコルを見て、仕方がないな、と思いながら銀製の容器にも魔法を付与するミリアだった。
『聖なる飴ちゃん』を作り続けて二週間が経ったころ、戦場からアルマやキャシーらから手紙が届いた。手紙というよりはメモのような短い手紙。
『『聖なる飴ちゃん』ありがとう!
おかげで兵士たちが元気になって怪我をする人が減ったわ!
戦況もかなり優勢になったみたい!
終戦も間近かも!
───アルマ、ドーラ』
『ニコルとミリアの応援のおかげでとても助けられています。
私たちもあと一踏ん張りです。
またみんなで笑顔で会える日を楽しみにしています。
───キャシー、エルザ』
戦場にいる治癒士の助けになるほど『聖なる飴ちゃん』の効果は大きかった。
「少しでも力になれてよかった!
戦争の負傷者の治癒は大変だもの。」
「みんなの力になれて私も嬉しい!」
ミリアとニコルは手を取り合って喜んだ。離れた場所からでも他の治癒士の助けになれたことを嬉しく思う。
それと同時にこの戦の終わりが近いようなそんな予感がした。
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