第23話

 ニコルとミリアが『聖なる飴ちゃん』の作成に精を出して一ヶ月。

ようやく戦争が終わった。


フランベルデ帝国からの和平交渉の申し入れにより、この国(アドリアス王国)の勝利、実質的にはヴェルサス領軍の勝利で終戦を迎えた。


アドリアス王国の方針で、フランベルデ帝国の城を落としても領地を接収していない。

中途半端に国の領土を広げて、扱いづらい領民や難しい国防を余儀なくされるくらいなら、賠償金や慰謝料、捕虜や財宝の返還費、その他有利な交易の交渉の材料とした方が楽だからだ。


そしてこの戦を勝利へと導いた一番の功労者が、なんとヘンドリックスだった。

身を一介の兵士に落としはしたが、元々は魔力の多い貴族である。

得意の強化魔法と知り合いの闇魔法使いの協力を得て、フランベルデ帝国の王族に名を連ねる人物の身柄拘束に成功したのであった。


ヘンドリックスはジルベスターに認められたいために決死の覚悟で戦いに挑んだ。結果、功績を上げたが左腕を失う大怪我を負った。


戦を終えても、ニコルとミリアは未だ『聖なる飴ちゃん』を作らされていた。


なんでも戦とは相手が敗けを認めたとしても、撤退時や凱旋途中で襲ってくることもあるという。


そして終戦から更に一月後、ミリアたちはようやく飴ちゃん作りが終了し、国境軍とアルガン領軍がチェダロの砦へ帰還した。


他の軍医隊のメンバーと労い合い、お互いの無事を喜び合う。

砦内では特別にお酒が振る舞われていて、即席の戦勝会が開かれていた。

砦の食堂が会場として開放され、偉い人から食堂に、入りきらない下っ端の騎士と兵士らは食堂近くの裏庭で楽しんでいた。


 ミリアはカップに注がれたエールをちびちび飲みながら、裏庭に置かれたベンチに座り宴会の様子を眺めていた。


ニコルは騎士に囲まれて『聖なる飴ちゃん』の功績を称えられている。

アルマは会場の角で若い騎士とイチャイチャしている。

ドーラは酒に強く兵士相手に飲み比べしている。

キャシーは兵士の夫と夫の仲間と無事を喜び合っている。

エルザは食堂で品を作りながら偉い人たちにお酌をして回っていた。


───皆無事でよかった。大変なことも多かったけど、いい経験をさせてもらったわ。


この戦で一年と半年が過ぎていた。

前任者の産休期間はとっくに過ぎていたが、乳児のいる母親を戦場へ引っ張り出す訳にもいかないので、ミリアがそのまま続投していた。これでもう領都へ帰還すれば解任となり、ミリアの仕事は失くなる。さらに三ヶ月後にはジルベスターとの仮初の婚姻が満了する。


───あっという間だったな。


ミリアが一人でしみじみしていると、隣に人が座る気配がした。


「ミリア君、お疲れ様」


「フェルナンド先生…」


久しぶりに会うフェルナンドは、少し精悍さが増して大人っぽくなっていた。


「君が元気そうでよかった」


「フェルナンド先生もご無事で嬉しいです」


「ニコル君の疲労回復が込められた飴玉、あれには僕も助けられた。

あの魔法付与された容器は君なんだろ?」


「ええ、そうです」


「やはり僕の目に間違いはなかった。魔法付与なんて魔力が多くなければできない技術だ。僕には君が必要だ。ミリア君、僕と結婚して一緒に診療所をやって欲しい。君のことは大切にすると約束する」


ミリアはフェルナンドからこの話をもらった時から考えていた。この人と結婚したらどうなるのだろうかと。

フェルナンドは容姿もよく性格も真面目で誠実だ。医師としての腕も申し分ないと思える。しかしどうしても『結婚』したいと思えなかった。


ミリアの『結婚』といえば、売られるように婚姻を結び、「君を愛することはない」と言われて、一ヶ月の監禁生活。そして戦場での生活。

これがミリアの知る『結婚』だった。

ジルベスターのことは嫌いではない。むしろいい思い出もあるし胸がときめくこともあった。

しかしミリアからすれば身分から何から何まで釣り合いが取れない雲の上の人だった。


「ごめんなさい。私、結婚はしたいと思えなくて。一生独身でもいいかなって思っています」


「……それは、今だけかも知れないだろう」


「そうかも、知れません。

でもフェルナンド先生には今の婚約者さんを大切にして幸せになって欲しいのです」


ミリアがそう言うと、フェルナンドは少し申し訳なさそうな顔をした。

やはり、婚約者のことはずっと心に引っ掛かっていたのだろう。


「でも、フェルナンド先生と一から診療所をやっていくのはとてもやりがいのあるお話だと思っていました。

フェルナンド先生、私も微々たる金額ですが貯金をしています。私も診療所を開く資金を出しますので共同経営者という形はいかがでしょうか」


ミリアにはここにはないが、王都になら貯金があった。

母親のナタリアがミリアのために残してくれたお金と、ミリア自身が治癒士として働いて貯めたお金。

潤沢とは言えないが開業資金の足しにはなる金額だった。


「ミリア君…いいのかい?」


「いいも何も、私が言ったことです。

ああ、でも一つだけお願いが」


「何だい?」


「時々、私を貴族の家の専属にしようとする勧誘を受けたりします。

それらから私を守って欲しいのです」


「わかった。僕の父は医師協会の中でも地位のある立場だから、その点については相談に乗ってくれるだろう」


「よかった。ありがとうございます」


「僕の方こそありがとう。そしてこれからも宜しく」


「宜しくお願いします」


ミリアとフェルナンドは固く握手を交わす。

それから二人は酒を片手に話し合った。何処でどういう診療所を開業したいか、どういう方針でやっていきたいか。フェルナンドはお酒が入っているせいかいつもより饒舌で、少年のように瞳を輝かせて夢を語っていた。

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