第24話
ヴェルサス領軍が領都へ帰還して二日が経っていた。久しぶりにのんびりと過ごすミリアが泊まる宿へクリスがやってきた。
クリスは宿の応接室を手配をして、ミリアと向かい合って座る。女性従業員が紅茶を淹れて部屋を出たところでクリスが話し始めた。
「戦場では大変お疲れ様でした。閣下もミリア様の活躍を喜んでましたよ」
「クリス様こそお疲れ様でした。閣下のお役に立てて光栄です」
初めのころはクリスに対しても警戒していたミリアだったが、今ではそこそこ信頼できる人物だと思えるようになった。
「今日、こちらにお伺いしたのは、軍医隊の治癒士として働いていただいた給金をお渡しするためです」
そう言いながらクリスは持っていた鞄から小袋を三つ取り出し、テーブルの上へ置いてミリアの方へ寄せた。
「危険手当と、戦に勝利した特別手当も含まれてこの金額です。こちらの受領書にサインを」
「はい」
そこに書かれた金額はミリアが二年遊んで暮らせる金額だった。
思ったより多い金額に目を見張る。
ミリアが受領書にサインを書きクリスに手渡すと、クリスは一通の招待状を取り出した。
「明日、戦で功績のあった者に報償の授与式があります。その招待状です。
疲労回復の飴の功績を称えての授賞ですので、ジェイド医師と治癒士のニコルも一緒です。
服装は平民並みのかしこまった服装でよいでしょう」
「はい、わかりました」
報償があるのは有難い。ミリアはあと三ヶ月で仮初の婚姻を終えることになる。その後はこの宿を出てフェルナンドとそしてその奥方となる女性と共にこの領都で診療所を開く予定だ。
その資金のためにもこの給与と報償は有り難かった。
「それと、最後に…」
少しだけ表情を固くしたクリスが胸元から一通の手紙を取り出した。その手紙はすでに開封されていた。
「私に?」
「ええ」
ミリアが手紙を受け取り、差出人を確認すると『フェルナンド・アルツトーラ』と書いてある。
───勝手に読まれた?
恐らく内容は診療所の開業に関することだろうと予想がつく。
いずれこの件に関してはクリスを通じてジルベスターへ報告しようと思っていたため内容を知られたことに関しては怒っていない。しかし勝手に封を開けられたことに不快感を感じてしまった。
「そんな怖い顔をしないで下さい。
この手紙は軍医隊に届いて、ジェイド医師が私に託した物です。
仮初でも貴女は閣下の奥方です。
独身の若い男性から貴女宛に手紙が届けられたら臣下として確認せずにはいられません。どうかお許し下さい」
「分かりました。いずれ話そうと思っていたことですので結構です」
いまいち腑に落ちないが、ミリアは許すことにした。
「で、この手紙の内容のことですけど…貴女はフェルナンド医師の下で働くのですか?」
「ええ、閣下との婚姻期間もあと三ヶ月で終了します。それを機にフェルナンド先生と診療所をやっていくことにいたしました」
「それはもう、お決めになったことで?」
「はい」
「閣下との婚姻期間を延長するお考えはありませんか」
「もしかして正式に辺境伯夫人として迎える聖女様が見つからないのですか?」
「あ、いえ、それも少しありますが…」
言葉を濁すクリス。クリスはジルベスターがミリアを女性として気に入っていることに気が付いていた。ジルベスターが特定の女性を気に入るのは珍しく、彼に幸せになってもらいたいクリスはこのままミリアに妻の座に座り続けて欲しかった。
元々、ジルベスターは尊い血筋と美しい容貌で貴族の令嬢から絶大な人気を誇っていた。
しかし、フランベルデ帝国が戦を始めようとしていると噂が広まると、令嬢たちは潮が引くようにジルベスターから距離を取った。真っ先に戦地となる領地へ嫁ぎたいと思うような令嬢はいなかったのだろう。
貴族の令嬢でもある聖女も然り。ジルベスターが聖女を辺境伯夫人として迎えようとしても、神殿側や聖女の家からの反対に合いそれは叶わなかった。
ジルベスターのためにも、ミリアを貴族の令嬢へと育て上げ、そのままジルベスターの妻とした方がいいのではないかとクリスは考え始めていた。
ミリアは隠しているつもりだが彼女は伯爵令嬢で『聖女』だ。庶子だろうが市井育ちだろうが問題はないと考える。
「私には延長する意思はありません。所定通り二年の婚姻期間で解消したいと思っています」
「はぁー、ですよねー」
クリスは手で顔を被いながら、深い溜め息をついた。仕方ない、聖女の嫁探しを再開するか、と思いつつ思いを寄せる女性に全く相手にされない主を気の毒に思うのであった。
*
領主城のジルベスターの執務室へ戻ると、クリスはミリアのことを報告した。
「彼女は元気だったか」
「元気でしたよ。給与と手当てをもらって嬉しそうでした」
「そうか」
「閣下に残念なお知らせがあります。
ミリア様が国境軍の軍医フェルナンド医師と一緒に診療所を開業するそうです。閣下と離婚後、彼の元で治癒士として働いていくそうです」
ミリアのことが気になる癖に、全然気にしてませんと涼しい顔をしていたジルベスターが硬直した。
彼の手元からバサバサと書類が落ちたがジルベスターは固まったままだ。
「………フェルナンド?」
「ええ、すらりとしたイケメンの若手医師です。医師の家系で有名なアルツトーラ家の次男で、医師としての腕もなかなかだと聞いてます」
書類を落としたことさえ気が付いていないジルベスターためにクリスが拾い集め、机の上でトントンと端を揃えるとそれを彼に手渡す。
「そいつと結婚、するのか?」
「いえ、手紙の内容によると婚約者がいるようで、今度婚約者を連れて一緒に物件を見に行くそうです」
「は、はは、そうか、婚約者がいるのか。ってまさかミリアを愛人にするつもりではないだろうな」
「いえ、ミリア様が言うにはミリア様も貯金を出して共同経営者になるようです」
「私も出す!全額出す!それで私が経営者として面倒を見てやれば安心だろ!」
「お止めください。そういうのミリア様嫌がると思いますよ」
「ミリアがいいようにこき使われたらどうするんだ!」
「むしろミリア様をいいように使ったのは我等です」
「う、ぐっ!」
ジルベスターは言い返す言葉もなく、机に突っ伏した。
しばらくピクリとも動かなかったジルベスターがゆっくりと顔を上げた。
「例の縁談、話を進めてくれ…」
領主としての自覚か、それともやけくそなのか、弱々しい声だったがジルベスターが言った。
「かしこまりました」
戦が終わるのと同時に聖女から縁談の話が来ていたが、ジルベスターは乗り気ではなかったはずだ。本当にいいのかなぁ。と思いながらも言われる通りにしかできないクリスだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます