第25話
久しぶりの謁見室だった。
ミリアの隣にはジェイドとニコルが並んで立つ。
謁見室の真正面には典礼用の正装を身に纏ったジルベスターが椅子に座り、功績のあった者に一言ずつ言葉をかけている。その姿は貫禄と王者の風格さえ感じさせた。
───ああ、やはりこのお方は雲の上の人。私なんかとは全く釣り合いが取れないもの。
婚姻が解消されれば二度と会うことはないだろう。寂しい気持ちはあるが、ミリアが自分らしく生きていくためには受け入れなければならない別れだった。
戦で功績を上げた騎士や兵士たちは髪を後ろに撫で付け、皺一つないきれいな軍服に身を包み、戦地で見た姿と見違えるほど凛々しく見えた。
順番に名前を呼ばれて、報償バッヂといわれる領地に貢献した者にしか与えられない鷹のマークの入ったバッヂを賜り、ひとりひとり望むものを聞かれる。
あるものは昇進を、あるものは駿馬を、あるものは希少金属でできた武器を望み、ジルベスターはそれについて「許す」と応える。
そしてある人物の順番が回ってきた。
神経質な性格を表したような痩せ型、鳶色の髪によくある茶色の瞳。吊り上がった眉と鷲鼻。
そこにはヘンドリックスの姿があった。
ミリアはヘンドリックスの姿に衝撃を受ける。よほど激しい戦闘だったのか、頬に傷跡を残し左腕を失くしていた。
「ヘンドリックス・グスターク、前へ」
「は」
「貴殿は敵国フランベルデ帝国の王族に名を連ねる者の捕縛に成功し、我が軍に勝利をもたらした。その功績を称え報償を授与する」
文官が報償バッヂの入った小さなケースをジルベスターへ渡し、ジルベスターがそれをヘンドリックスへ渡す。
ヘンドリックスはそれを恭しく受け取ると、深々と頭を下げた。
「ヘンドリックス、褒美に何を望む」
「は、私の望みは再び閣下のお側へ侍ることです」
ジルベスターは目を閉じた。
この男はまたジルベスターに固執した。この男はジルベスターに過剰な理想を抱き、その理想のために行き過ぎた行動をする。
他の望みなら即許したのだが、こればかりは許したくない。
しかしこの男のお陰で戦の勝利を手に入れたのだ。
「………私の側で仕えることは許可しない。側近の助手ならば許そう」
「は、有り難き幸せ!」
今は国境の砦で兵士をしているが、また城へ上がることを許された。これからもっと役に立てれば再び側近になれる日がきっと来る。そう思いヘンドリックスはジルベスターの決定を喜んで受け入れた。
その様子をミリアは不安な気持ちで見ていた。またこの人から嫌がらせを受けるかも知れない。なるべくこの人に近寄らないようにしよう。そう思うミリアだった。
そしていよいよミリアたち軍医隊三人の番になった。
「ジェイド、ニコル、ミリア、軍医隊の三名、前へ」
「「「は」」」
「貴殿らは疲労回復の飴を開発、提供することで軍に多大なる貢献をし我が軍を勝利へと導いた。その功績を称え報償を授与する」
まずはジェイドが一歩前へ出てジルベスターの手から報償バッヂの入った小さなケースを受け取る。
その次はニコル、そしてその次はミリアが一歩前へ出て報償バッヂを受け取った。
間近で見るジルベスターの姿。
───神々しいまでに美しい人だわ。
このお姿を間近で見られる機会なんてめったにないのだから、この目に焼き付けとかなきゃ。
不躾にじろじろ見てはいけないと思いつつジルベスターを見つめるミリア。
その視線に気が付いたのかジルベスターと目が合った。
ドキリと跳ねる心臓。
するとジルベスターはミリアに柔らかく微笑んだ。
───うわっ、うわっ、反則!
いきなり微笑みかけるなんてどういうことだ。他の授賞者にはそんなことしていないのに、自分が特別だと勘違いしてしまいそうだ。
そんな頬を赤らめるミリアを見て、ジルベスターは嬉しそうに微笑んだ。
「ジェイド、褒美に何を望む」
「私の望みは、苦労をかけた妻に装飾品を贈ることです」
「許す」
「は、有り難き幸せ」
ジェイドは戦時中の留守を任せた妻に装飾品を望んだ。そのような男性は意外と多く、その褒美で好きな女性にプロポーズをする男性も少なくない。
「ニコル、褒美に何を望む」
「私は飴玉を入れる銀製の容器を望みます」
「許す」
「有り難き幸せに存じます」
ニコルはチラリとミリアを見るとにこりと笑った。その無言の微笑みに「付与お願い♡」と読み取れた。
ミリアも「了解」の意味を込めてにこりと返す。
銀製品は庶民では手が出せないほど高い。奮発して指輪やペンダントだ。
銀製の容器なら魔法付与の効果も長持ちする。孤児院で発熱や腹痛を治す飴玉を常備したいと言っていたニコルならではの褒美だった。
「ミリア、褒美に何を望む」
「私は、一度王都へ帰りたく存じます。そのための安全な旅を望みます」
「…許す」
「有り難き幸せに存じます」
王都へ帰りたくても、女のひとり旅は危険である。護衛とまで言わなくても付き添いの男性は必要であり、しかも安全な宿を選ばなくてはならない。旅なれていないミリアにとって一人での帰省はとても危険な行為だった。
報償式も終わり、ジェイドとニコルとミリアは謁見室を出て歩いていた。近々ニコルが結婚すると言う。
ニコルはそのお祝いに銀製の容器に治癒魔法を付与して欲しいとミリアと話していた。
「ミリア、ちょっといいかな」
歩く三人の後ろからクリスが声をかけた。ジェイドとニコルは「じゃあ」と軽く手を振って先に帰って行った。
先に歩くクリスの後ろを付いていく。今まで数える程しか来たことのない領主城。そんな場所の中でもさらに見たことのないエリアへと足を踏み入れた。そして案内された場所はジルベスターの執務室だった。
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