第26話

「ミリア、なぜ私に相談してくれない」


ジルベスターの執務室で、ソファーに並んで座るジルベスターとミリア。

ジルベスターはミリアの顔を覗き込むように迫る。

顔はミリアより高い位置にあるのに上目遣いがかわいいとはこれ如何に。


「帰省は、離婚後にしようかと思っていたので…」


「私は妻の里帰りを拒むほど狭量な男ではないよ」


いい香りがしてくらくらする。しかも顔が近い。離れて下さいと思うがちょっと言いづらい。


「…ごめんなさい」


悪いと思っていないが迫力に負けて謝ってしまう。


「近々陛下へ戦の報告のため王都へ行かなければならなかったんだ。

ミリアも一緒に王都へ行けばいいだろう?」


「それならそれでいいんですけど…」


「よかった。憂鬱な王都行きがミリアと一緒なら楽しめそうだ。

報償は別のものを言うといいよ。

何が欲しい?何でも言ってごらん?」


「何でもいいのですか?」


「もちろんだとも」


ミリアはかねてから思っていたことがあった。

ジルベスターとの離婚が成立して、普通の治癒士として生活していても籍の上では伯爵家の娘のままである。

また探されて金のためにどこかへ嫁がされるのは真っ平ごめんであった。


「閣下、お願いです。

私を平民にしてください。

マイワール家の娘だなんて、今後も私の人生が利用され続けるだけです」


「でも君はマイワール伯爵の娘なんだろ?」


「違います!私は認めません!

私があの人の娘だなんて、この髪とこの瞳の色がたまたまあの人と似ていて、そしてたまたま母が治癒士としてあの家で働いていた過去があるだけで、証拠なんて何一つありません!」


「ミリア…」


「私はあの人に拐われるまであの人の存在すら知りませんでしたし、父親らしいことを何一つしてもらったこともありません!私がお金になると知って無理やり…!まるで奴隷売買のように!」


感情的になり、止めどなく涙が溢れるミリア。気の毒そうにミリアを見つめるジルベスターとクリス。


「そうか、そしてミリアを買ったのが私と言うわけだったのだな」


「閣下!この婚姻は家と家の契約の上で成されたものです!我々は決して買ったなどと!」


クリスが反論するが、ジルベスターはゆっくりと首を振りそれを否定した。


「実情は我々もトマソンがしていることと大差ない。ミリアを利用しているのに変わりはないのだ。ミリア、悪かった」


「閣下…」


ジルベスターが優しく謝るとミリアの涙が引いていった。ミリアはやはりこの人はミリアの知る貴族(本当は王族なのだが)とは違うと再認識する。


「ミリアの望みを叶えてやりたい。しかしミリアを平民にするためには父親であるトマソンの許可が必要になる。それ以外の方法となると、我々がトマソンを告訴する方法だ」


「告訴、ですか」


「そうだ。平民であるミリアをトマソンが伯爵令嬢だと偽装して我々と婚姻を結んだと訴える。

しかし、君の髪と瞳の色、そして母親がマイワール家で働いていたことで、多くの陪審員にトマソンの方が正しいと判断されるだろう。

しかもトマソンは貴族の面子を保つために君の母親とは愛し合っていた、いなくなった君の母を必死で探して君を見つけたと言うに違いないだろう」


「そんな、愛し合ってたなんて絶対にあり得ない!あの人はきっと母の名前も知らない筈だわ!」


「何?君の母親はナタリアじゃないのか」


「ええ、ナタリア。ナタリア・ポーンズです。私はミリア・ポーンズでした」


「本当か」


ジルベスターは立ち上がり、執務机の引き出しを開ける。そして数枚の書類を取り出した。


「確かに調書にはポーンズという家名は書かれていない。

ミリア、ポーンズというのはどこの家か分かるか」


「分かりません。ただ、母が生前、母の実家はとても厳しい家で頼ることができないので、私に苦労をかけると謝ったことがありました」


「ふむ、調べてみるか」


ジルベスターはクリスへ目配せするとクリスはコクリと頷く。


「ミリア。私も君が伯爵家に引き取られる前の名前に家名を持つことを知らなかった。名前も知らない相手と『愛し合っていた』なんて通用しないからな。何とかなるかも知れない」


「あ、ありがとうございます」


こうしてミリアはジルベスターと共に王都へ帰省することとなった。






 ヴェルサス領への往路と違って、王都への復路は楽しく、穏やかな気持ちで旅をすることができた。

道中で立ち寄る他領の特徴、食文化、伝承、有名な観光地の話などジルベスターは話の引き出しが多く、飽きることがない。


そしてジルベスターの話を目を輝かせて聞くミリア。そんなミリアが可愛くて、ジルベスターもついしゃべり過ぎていた。


 五日間の旅程を経て、ジルベスターたちは王都へ到着した。ジルベスターは王都にあるヴェルサス家の屋敷へ向かう。


「ミリア。王都の屋敷なら君を傷付ける者はいないよ。一緒に行かないか?」


「………」


誘われて、しばし考える。

貴族のお屋敷は正直言うと苦手だ。

野宿と比べたらギリお屋敷に泊まる方を選ぶ程度だ。なるべくなら行きたくない。ミリアは返事に困った。


「大丈夫だ、もしよければの話だから断ってくれて構わない」


「す、すみません…」


しょぼーんとするジルベスターに少しだけ申し訳ないと思うミリアだった。


「君のために宿を用意してあるから。王都の滞在中はそちらを利用して。それと護衛を一人連れていくように」


「はい、ありがとうございます」


「裁判の準備が整ったら知らせを寄越す。ではミリア、よい滞在を」


「はい、ありがとうございます。

閣下こそよい滞在を」


こうしてミリアはジルベスターと別れ、護衛と共に宿泊予定の宿へと向かった。

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