第27話
王都に到着した日は旅の疲れを癒すためにそのまま宿でゆっくりした。
そして次の日、ミリアは朝から出かける支度をし、ジルベスターの専属護衛であった騎士のサミュエル・アルカーヴを伴って馬車に乗り込む。途中で花屋へ立ち寄り花束を買う。行き先は王都郊外にある墓地公園だった。
墓地公園の南に『鎮魂の碑』と書かれた大きな石碑がある。
石碑の周囲にはタイル張りのように故人の名前の書かれたプレートがはめられていた。お金のある人は一人ずつ埋葬され、その人のための墓標も建てられる。しかし多くの平民は一つの大きな墓標に共同埋葬されるのが普通だった。
ミリアは『ナタリア・ポーンズ』と享年が書かれたプレートの近くに立ち、献花台の上に花束を置いた。
「お母さん、私も貴族には散々な目に遭わされちゃった。
でもね、閣下だけは私のことを気遣ってくれたのよ。貴族にもいい人はいるみたい。その閣下がね、私を平民に戻してくれるって。私もうすぐポーンズに戻るから。そしたらお母さんの言う通り、二度と貴族に近づいたりしない。
そして私らしく生きて幸せになるの。
私ね、軍医隊で知り合った人と診療所を開くことになったのよ。もう滅多に王都へ帰ってこれなくなるけど、頑張るから、私のこと見守っていて」
決意表明も含めて、ミリアはナタリアの墓前で今までその身に振りかかったことを話した。
「それでね、ヘンドリックスとかいうムカつく奴がいたの。そいつのせいで私一月も監禁されてたのよ。本当に辛かった。
でもそもそも閣下なんて開口一番なんて言ったと思う?「君のことを愛することはない」よ。そりゃ臣下の私の扱いも悪くなるっちゅうもんでしょ」
独り言のように石碑に向かって話し始めたら気が付けば愚痴を溢していた。誰にも言えなかった愚痴。
護衛のサミュエルは少しだけ離れた場所にいたが、墓参りする人は疎らで周囲は静かだった。独り言のようなその愚痴は彼の耳にだけ届いていた。
墓参りの帰りは久しぶりに王都の商店街へ立ち寄り、ブルックナー診療所へ持っていくお菓子を買う。庶民にも人気の砕いたアーモンドか練り込まれたビスケットだ。この日は夕刻前には宿へ戻った。
*
昨日買ったビスケットと、ヴェルサス領で買った土産を手に馬車に乗る。
久しぶりにドリトンとタニアに会える。戦時中も数ヶ月に一度の頻度で手紙のやり取りはしていたが、二年近くも顔を見ていないとなぜか緊張する。
ミリアは昨日と同じ護衛のサミュエルを伴ってブルックナー診療所へ向かった。
「ただいま戻りました。ミリアです」
ブルックナー診療所の正面玄関から入ると、そこは待合室。まだ診療時間なので多くの患者がそこにいた。
「あら、ミリアちゃん」
「ミリアちゃん久しぶりじゃないか」
「おお、ミリアちゃんが帰ってきた」
多くの顔馴染みの患者さんがいる。
気さくに声をかけてくれることにミリアは暖かい気持ちになる。
「皆さん、ご無沙汰してます。元気にしてましたか」
「元気じゃないからここにいるんだよ!」
「ちげぇねぇ!」
ここにいる患者たちがガハハと笑う。
こういうやり取り好きだなぁと思っていると、診察室の扉が開いた。
「ミリアちゃん!」
「ミリア、お帰り」
「奥様、ドリトン先生…ただいま、戻りました」
懐かしさにミリアの瞳にじわりと涙が滲む。
タニアはミリアの肩を抱きながらひたすら「お帰り」と繰り返し、ドリトンは「よく帰った」と孫にそうするように頭を撫でた。
感動の再会に浸りたいところだが、今はまだ診療時間中だ。
「ミリア、ついでだ。手伝って行きなさい」
「はい!」
ドリトンが遠慮なくミリアに手伝わせる。それが妙に嬉しい。
サミュエルには待合室で待機してもらい、ミリアは当然のように手伝って行くことにした。
そしてタニアの後ろに小さな男の子と三十くらいの女性の姿を認めた。
「ブルックナー診療所でこの子共々お世話になっているケイトです。この子が息子のマリオ」
マリオと呼ばれたブラウンの髪のかわいい男の子は、母に促されて「マリオです…」と小さく言った。
手紙にも書いてあったミリアが連れ去られた後にここの治癒士になった母子だ。
その姿は、自分が幼い頃と母親の姿と重なる。
「私はミリアです。私もマリオくんと同じ様にここで育ちました」
「ええ、お噂はかねがね…」
ケイトとマリオもミリアのことは話では聞いていたようだ。「よかったらこれを使って下さい」とケイトがエプロンを差し出したので、ミリアはそれを遠慮なく借りることにした。
マリオは裏庭へ遊びに出て、タニアは受付へ戻る。ミリアたち三人も診察室へ入り診察を再開することになった。
その直前、ミリアはケイトに話しかけられた。
「ミリアさんのお部屋、勝手に使わせてもらってます…」
ミリアがいつでも戻ってもいいように
と荷物がそのまま置かれていた部屋は、ケイト母子が住み込みで働くようになってからドリトンの邸宅へと移された。
申し訳ないと思っていたのか遠慮がちに言われ、ミリアは笑顔を返した。
「気にしないで下さい。訳あって私はここへは戻って来れなくなってしまいましたので」
「すみません…」
「いいんですよ。ドリトン先生がいいって言ったんですから」
ケイトはベテランの治癒士らしく手際よく治療を進めていく。治癒の腕もいい。性格は遠慮がちなところがあるが明るく優しい。
ミリアがいなくてもここは充分やっていける。それが安堵と少しだけ寂しい気持ちが込み上げた。
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