第28話

 診療時間を終えると、ミリアはドリトンの邸宅へ夕食に招かれた。

護衛の方も一緒にどうぞ、とタニアが言ってくれたが、サミュエルは「久しぶりの再会です。水入らずでどうぞ」と言って遠慮して部屋の外で護衛をしていた。


ドリトンの邸宅はこじんまりとした可愛らしい一軒家で、診療所から歩いて五分のところにある。

この邸宅はドリトンが侯爵家の専属医師だったのを長男へ譲り、診療所の開院と同時に買ったものだった。本邸は家督を継いだ長男が使っている。


昔は何度も食事を食べさせてもらったことのあるこの邸宅は、ミリアの夢の一つだった。若い医師の男性と結婚して診療所をやっていく。住む家はちょうどこんな感じで、ガーデニングを趣味として休日を過ごす。

そんなことを夢見ていたこともあったが、結婚を諦めたミリアにとって夢は夢のまま終わるということだった。


「これ、ヴェルサス領で流行っていたスカーフと、これは王都で買ったものですけどビスコッティです」


そう言いながら、ヴェルサス領で買ったお土産と、昨日商店街で買ったビスコッティを渡す。

ヴェルサス領の土産は、肌触りのいいスカーフを男性用と女性用を買った。ヴェルサス領ではおしゃれの一つとしてスカーフが流行っていて、馬具をモチーフとした図柄が人気だった。


「まあ、こんな素敵なもの」


「ミリア、無理してないか」


「ううん、無理してないわ。戦で勝ったから特別手当てが出たの。それにね、私活躍して報償をいただいたのよ」


戦という言葉を出すとドリトンは渋い顔をしてタニアは「女の子なのに…」と悲しい顔をした。


「マイワール伯爵はミリアを戦地へ行かせるためにおまえさんをヴェルサス領まで連れていったのか」


「詳しくは言えないけど、そうじゃないの。私の治癒の腕を見込んで辺境伯様にお願いされたのよ。

それにね、安心して。私、軍医隊でちょっとばかり活躍したから褒美がもらえることになったの。その褒美に私を平民へ戻すことをお願いしたわ。

今回、王都の滞在はその手続きに時間がかかるから長期滞在になると思う。そして無事平民に戻れたらヴェルサス領へ戻ります。その間診療所のお手伝いするわね」


「診療所の手伝いは助かるが…。

この家にはミリアの部屋くらい用意できる。戻って来てもいいんだぞ」


「そうよ、ミリア。貴女は私たちの孫みたいなものだもの。ここへ来なさい」


嬉しい。このままこの二人に甘えてしまいたい。しかしミリアはゆっくりと首を横に振る。


「ううん。軍医隊で知り合ったフェルナンド・アルツトーラ様って方と一緒に診療所を開くことになったの。私も貯金を出して共同経営者になるのよ」


「アルツトーラってあのアルツトーラか」


「あなたご存知でしたの」


「医師の間では素晴らしい医術研究で有名な家で、医師協会の重鎮でもある」


「そんな方に認められて。ミリア頑張ったのね」


「ミリアにはミリアの人生がある。残念だが向こうでも頑張りなさい」


「はい、ありがとうございます」


「しかしミリアが正式に平民になるのは喜ばしい。以前はいつミリアが父親に連れていかれるか心配したものだ」


「ええ、本当に。でもミリアの魔力が多いことには変わりはないのですよ、あなた」


「そうだな。ミリア、決して聖女のような治癒をしてはいかんぞ。分かってるな」


「はい、気を付けます…」


───嬉しい。昔も今も、こうして私のことを心配してくれる。


「先生、奥様、ありがとうございます。母を亡くして一人になってからも生きてこれたのは先生と奥様のおかげです。

こうして今も家族のように心配してくれる人は他にいません。どう、恩返しをしていけばいいか…」


ミリアは泣きそうになるのを堪えていたが、優しい二人の言葉と、家族のような気遣いに我慢できなくなり、涙を流しながら鼻を啜る。


「恩返しなら、向こうで大成功して城でも建てておくれ」


「はい、いつか必ず」


ドリトンの冗談にミリアはぐすぐすと泣きながら笑う。


「あらあら、大きくなったのは体だけね」


タニアが笑いながらミリアにハンカチを手渡した。


ヴェルサス領では、辺境伯と仮初の婚姻を結んだことなど到底話せるわけもなく、一月監禁されていたことなど心配をかけるだけなのでもちろん言えない。

話せないこともたくさんあるが、軍医隊のメンバーとの出会いや、ミリアが容器に魔法付与してニコルが飴玉に疲労回復を注入した『聖なる飴ちゃん』で報償をもらったことなど話したいことはたくさんある。


しかし残念ながらそれらを語るには時間が足りなかった。ドリトンに「泊まっていきなさい」と言われたが、護衛がいるのでと遠慮して、また明日、と約束して宿へと戻るミリアだった。


 しばらくは診療所の手伝いをしながら、荷物の整理をし、久しぶりの友人と語らい、そして時には知り合いの医師のところへ手伝いに行かされたり。

なかなか忙しく充実した日を過ごしていた。


そして二週間が経ち、ミリアのもとへ一通の召集令状が届く。

日時は二週間後の午後一時から、場所は王城の裁判所にて。ミリアは重要参考人として出廷することになった。

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